朝晴れエッセー

祖母とピアノ・6月21日

小学生の頃、ピアノを習っていた。

2つ違いの姉とバスで6駅も先の隣町へ毎週通った。「今日もマルをもらったわ」と告げると、ニコニコ顔の祖母は目を細めて喜んでくれた。

姉より1年遅れで習い始めた私は、ピアノの本も「おさがり」だった。姉が赤鉛筆でマルをもらった後に、私は青鉛筆で印をつけてもらった。

バイエル(下巻)はぶ厚く、私が使う頃にはボロボロで、ページが抜け落ちたり破れていたのを丁寧にセロハンテープで張り付けて使った。

「洋服は姉のお古でいいけれど、ピアノの楽譜だけは新品がいいなあ」といつも心に思っていた。いつか自分だけの新しい教本に赤色でマルをもらうのが、ささやかな私の夢だった。

初めて自分の1冊を先生から手渡された日を今も忘れることができない。

そんな矢先、家庭の事情でピアノをやめることになった。「続けていたいのに」と思ったが、言葉に表すことはなかった。

高校生になり、新しいピアノの先生一家が近所に引っ越してこられた。

ある日祖母から「来月からピアノを習うといいよ」と言われたときは驚いた。私に内緒で頼んでくれたのだ。言わずとも私の心の内を祖母はお見通しだった。

ピアノを再開した私はみるみる上達し、また声楽も教わり音楽の世界が一層広がった。その後程なくして祖母は他界した。

いつもそばにいて誰よりも私を理解してくれていた祖母。今もピアノに向かうと懐かしく思い出され、不思議と心が満たされる。


松田典子(65) 大阪市東住吉区