朝晴れエッセー

父とアサガオの思い出・6月20日

40年前、初めて1年生を担任した。

東日本大震災の後、廃校になってしまった小学校で2年間続けて、1年生の子供たちとアサガオを1人1鉢ずつ育てた。

転勤した後に息子を授かり、育休に入った。息子に数と色を教えられるかなと考え、アサガオを育てようと思った。プランターを2つ買ってきて、種をまいているときに、急に記憶がよみがえってきた。

父が文化住宅の前の生け垣に、アサガオのつるをからませて咲かせてくれたことを。青森県東津軽郡蟹田町(現・外ケ浜町)の旧国鉄の宿舎の前の生け垣のアサガオに毎日水やりしたことを。

教員として復帰した後も、毎年育ててきた。プランターに支柱を立てて、横に棒を渡してネットをはる。秋風が吹く頃になっても咲く花がある。全部咲き終わるまで待つが、種取りまではむずかしい。

緑色のままの実をハサミで切り取って保管すると、ちゃんと黒い種になってくれる。翌春、全部の種を水につけて、発芽しやすいようにしてから、まいていく。

今年は、プランターで大8個、小2個に所狭しとアサガオの種をまいた。年々咲く花が少なくなってきたので、新しい種を2袋買ってきてまいてみた。夏にたくさんの花が咲くのを楽しみにしている。

9月11日、父の33回忌のお墓参りには、初めてアサガオの花を手向けたいと思っている。

天国にいる父に「アサガオ、覚えてる? 懐かしいでしょう。今でも毎年咲かせてるんだよ」と伝えたいと思っている。


渡邊裕子(65) 仙台市太白区