アジア見聞録

コロナ対策に「牛の尿を飲む」 インドで広がる非科学的療法

新型コロナウイルス感染症の深刻な流行が続くインドで、非科学的な治療法の拡大が問題化している。国内多数派が信仰するヒンズー教で「聖なる存在」である牛の尿を飲むといったもので、ヒンズー至上主義を掲げる国政与党、インド人民党(BJP)の一部政治家らが堂々と主張。信じる国民が絶えず、医師は「迷信に基づく治療法はコロナからの立ち直りを遅らせる」と警鐘を鳴らしている。

牛の尿に「科学的裏付け」主張

「私たちを肺の感染症から遠ざけてくれる。私は毎日飲んでおり、新型コロナに感染していない」

BJPの女性国会議員、タクール氏は5月の演説で、牛の尿の〝効用〟を主張し、波紋を広げた。

タクール氏は過激な発言や行動で知られ、イスラム教徒排除を狙ったモスク(礼拝所)襲撃事件への関与も取り沙汰される人物だ。インド建国の父、マハトマ・ガンジーをイスラム教に融和的で「ヒンズー教勢力を弱体化させた」と捉え、ガンジーを射殺した活動家、ナトゥラム・ゴードセーを称賛している。

新型コロナをめぐる発言にも批判の声が上がったが、タクール氏は「科学的な裏付けがある」と応じ、自説を曲げる様子はない。タクール氏以外にも、BJP所属の政治家が牛の尿を推奨する様子はたびたび報じられている。

5月には、BJP政権下の中部マディヤプラデシュ州の大臣が、新型コロナ収束のため「古代の火の儀式」で環境を浄化させる必要性を主張。「私たちの祖先はパンデミック(世界的流行)に打ち勝つために、その儀式を行っていた」と呼びかけた。

ヨガ指導者、現代医学は「ばかげている」

同種の主張は政治家だけに限らない。

「何十年もの間、私はヨガとアーユルベーダ(インドの伝統医学)を実践してきた。ワクチン接種の必要性を感じない」。こう発言したのは、著名なヨガ指導者、ラムデブ氏だ。

モディ首相やBJP幹部と関係が深いことで知られるラムデブ氏は、自身を「学位はないが、神性と尊厳を備えた」医師であると主張している。現代医学を「ばかげている」と批判し、新型コロナでも「何百人もの人々が(現代医学に基づく)薬で死んでいる」として、独自の治療薬の販売も手掛ける。

ラムデブ氏は一定の影響力を持つだけに、インド医師会は発言に激しく反発。「非科学的な発言から何百万人もの人々を救う必要がある」として、政府に対してラムデブ氏の刑事訴追を求めている。ラムデブ氏は6月に入って、発言を一部修正したが国内に〝信奉者〟は少なくない。

農村の状況不明 ぬぐえぬ第3波の懸念

BJP政権としては非科学的な主張であっても、ヒンズー教に基づく考え方を否定することは支持離れにもつながりかねない。ラムデブ氏の発言についてもバルダン保健相は苦言は呈しつつも穏当な表現にとどめている。

ヒンズー教徒への配慮は3~4月に行われたヒンズー教の祭典「クンブ・メーラ」でも表れた。政府は感染拡大の懸念が示されながらも十分な規制措置を取らなかった。その結果、数百万人がガンジス川で沐浴(もくよく)をし、クラスター(感染者集団)の発生につながったとされる。

インドでは3月下旬以降、変異株の流行などにより感染の第2波が押し寄せ、5月上旬には1日当たりの新規感染者が40万人を超える日が続いた。今月18日発表の新規感染者は6万2480人と減少傾向にあるが、医療体制が脆弱(ぜいじゃく)な農村部の感染実態が不明で、第3波への懸念はぬぐえない。

楽観視できない感染状況の中、モディ首相のお膝元である西部グジャラート州では、ヒンズー教徒が「免疫力を高める」などとして牛の糞(ふん)や尿を体に擦り付ける様子が報じられるなど、非科学的な医療行為の拡大は続く。こうした状況を助長しているのが政治家らの発言だといえそうだ。

インド工科大元教授で国内の医療事情に詳しいラム・プニヤニ氏は産経新聞の取材に「新型コロナの恐怖が人々を合理的な考えから遠ざけており、非科学的な考えの蔓延(まんえん)を招いている。ヒンズー教の主張を広めたい右派勢力が人々の不安に乗じており、特に政治家が不正確な情報を広げることが問題だ」と話している。

(シンガポール 森浩)