世界的キャラクター「ムーミン」の生みの親として知られるフィンランド出身の芸術家、トーベ・ヤンソン(1914~2001年)。今年6月27日の命日は没後20年にあたり、作品やその生涯に注目が集まっている。世界で初めてムーミンをアニメ化した日本では、今もファンが多く、世代を超えて物語が読み継がれている。「自由」や「孤独」のテーマが漂う作品とトーベの素顔を探った。
東京都新宿区立中央図書館。1階展示コーナーで1日から、没後20年にちなみ、トーベの作品や北欧文化を紹介する書棚が設けられている。同様の企画は全国各地の図書館でも行われており、6日まで約120点の資料を展示していた徳島県立図書館では「関連本の予約が増えた」(担当者)という。
昨秋から始まった巡回展「ムーミン コミックス展」も好調だ。日本初公開の原画などが見どころで、現在は福岡県立美術館で開催中。10月には伝記的映画「TOVE/トーベ」の全国公開が控える。ムーミンの物語が生まれた背景やトーベの半生を知る機会になりそうだ。
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9作からなるムーミンの小説シリーズは1945(昭和20)年秋、第1作目の『小さなトロールと大きな洪水』が出版された。54年に英国の新聞で漫画連載が始まると、ムーミン人気は世界中に広まっていく。
日本では昭和39年、講談社が少年少女新世界文学全集(北欧編)の中で、『ムーミン谷の冬』を取り上げたのが始まり。
その後、人気を決定づけたのは、昭和40年代にフジテレビ系で放映されたアニメだった。アニメは日本が世界で最初に手掛けたもので「テレビアニメをもとにした絵本は何種類も出版されており、月に累計10万部を超えていた」と同社編集担当の磯村花世さんは当時の勢いを説明する。
近年も9巻ある小説は版を重ね、一昨年から昨年にかけて、ムーミン全集の翻訳を大きく改訂した新版が刊行。講談社から出された関連本の累計発行部数は1000万部を超える。
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世代を超えて読まれ続ける魅力はどこにあるのか。同社で長年ムーミン作品に携わってきた編集者の横川浩子さんは「自由」や「孤独」がムーミンのテーマにあると指摘する。
例えば「孤独」について。物語では、ムーミン谷の住人に恐れられているモランという魔物が登場する。周囲から疎ましく思われているモランだが、シリーズ後半では、主人公のムーミントロールが歩み寄るシーンが描かれる。
「モランは孤独だけど、最後に独りぼっちではなくなる。ムーミンの作品では、一人一人の尊厳を大切にしている。トーベは子供時代、学校になじめず、集団行動が苦手だった。同じように居場所のない子供たちに寄り添いたい思いを持っていたのではないか」(横川さん)
自分の成長にあわせて多様な読み方ができるのもムーミン作品の魅力だ。
「子供にとっては言語化できないことであっても、物語の世界に浸ることで、身体に染み込み、大人になって再読したときに気が付くことがある。自分の置かれた立場や、そのときどきのコンディションによっても、とらえ方は変わる。いつ読んでも何かしらの発見があるのが、ムーミンの良さではないか」(横川さん)
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トーベが残した作品は、ムーミンだけに留まらない。画家や漫画家、舞台美術など多彩な才能を持つ総合芸術家として活躍したトーベは、大人向けの小説も数多く手掛けてきた。
3月にフィルムアート社から出た『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』は、トーベ自身が選んだ傑作選。生前最後に刊行された遺作にあたり、家族や友人、恋人など二人の関係性に光を当てているのが特徴。自伝的要素の強い作品も多い。
編集者の臼田桃子さんは、中でも、第二次世界大戦前後に過ごした青春時代を描いた作品について、「抑圧された空気の中で多感な時期を過ごしたことが伝わり、コロナ禍にある現在に通じるところがある」と語る。
さらに、フィンランドに暮らしながら、スウェーデン語を母語とする言語少数派として育ち、当時少なかった女性芸術家で、恋愛対象は男女問わなかったトーベの人生にも着目する。
「何重ものマイノリティーをものともせず、自分らしさを貫き、芸術に情熱を注いだ。そうした生き方を知ることで、いまの時代にも、希望を見いだすことにつながるのではないでしょうか」