『江夏の21球』への疑問―の続きである。「なぜ、石渡が空振りしたのか」に続いて、評論家・野村克也に次の質問をぶつけた。
「なんで西本監督はあの2球目にスクイズのサインを出したんですか。江夏さんのカーブは縦に落ちるし、送りバントでも難しい。普通、バントのサインはストレートのときに出す方が成功率は高い―といわれてるやないですか」
「西本さんは江夏が2球目にストレートを投げる―と読んでたんやろ」
ノムさんは石渡の1人前、代打・佐々木の打席を思い出せ―という。平野を敬遠し、無死満塁で佐々木。1球目、江夏は内角へボールになるカーブで入った。そして2球目はど真ん中へストレートを投げた。
「だから石渡にも1球目カーブでストライクをとったあと2球目はストレートで来ると?」
「読み間違えたんかもしれん」
江夏が佐々木に投げた2球目(13球目)のストレートは、1球目カーブを投げた際、佐々木が打ちにきてやめたしぐさを見て「カーブ狙い。ストレートには手は出さん」と確信して投げた一球。けっしてカーブで入って次はストレート―というパターンで投げた一球ではなかった。だから続く石渡が1球目のカーブを打ち気なく見逃したとき、「スクイズがある」と直観した広島バッテリーは2球目、内角へのカーブを選択した。
「サインを見破って完全にウエストするならストレートやが、そこまでの確信はなかった。だからカーブで…」と野村はいう。
江夏の13球目は、後に江夏が「恭介君が三振したのは、あのストレートを打たなかったから」と語り、佐々木も「どうしてあのタマを見逃したのか。野球人生で一番悔いが残る一球」と振り返った。そして名将・西本監督の読みをも狂わせる一球に…。13球目と19球目はつながっていたのだ。
「スクイズをやらせてもし失敗したら、また叩かれるやろなと一瞬、思ったよ。でも、あの場面で確実に1点を取ることを考えたら、あれもひとつの方法やった」
紙吹雪や五色のテープが舞い込む近鉄ベンチに西本監督はじっと座っていた。(敬称略)