【ビブリオエッセー】手記が語る苦悩と彷徨 「人間失格」太宰治 - 産経ニュース

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ビブリオエッセー

手記が語る苦悩と彷徨 「人間失格」太宰治

「1冊の本が人生を変えた」というと大げさかもしれないが40年近く前に読んだこの小説に少なからず影響を受けている。高校生だった私は書店の棚でその文庫本を見つけた。『人間失格』。題名の衝撃から手に取り、以来、文学とは無縁だった私が太宰にのめり込んだ。

「恥の多い生涯を送って来ました。自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです」。太宰自身を思わせる主人公、大庭葉蔵の3つの手記を中心に構成された最晩年の作品。そこには自らに「人間、失格」という烙印を押した男の苦悩に満ちた27年間が綴られている。裕福な家に生まれた少年期から語り始め、やがて女性たちとの乱れた関係や心中未遂、薬物中毒など告白は赤裸々で露悪的だ。

最初の文庫は今も私の手元にあり、無数の線やマーカーを加えながら今日まで幾度となく読み返してきた。「もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました」と自嘲的に書いた葉蔵。そして、いつの頃からか、私にはひとつの疑問が頭をよぎるようになった。

葉蔵の自堕落は決して褒められたものではないが真面目さや不器用さが時として嘲笑の対象となり、悩むことがネガティブにとらえられる現代、死ぬほど苦悩し、傷つきながら彷徨(ほうこう)する生き方を誰が否定できるだろうと。

6月19日の桜桃忌を前に今年も太宰の墓参を済ませた。年末には毎年、青森の文学碑を訪れている。そして今は大学の非常勤講師として近代文学の講座を受け持ち、太宰をテーマに学生たちと語り合っている。太宰は今も学生たちの人気が高い。永遠の青春文学なのだ。

そして毎年、こう問いかけている。「葉蔵は本当に人間失格だった?」

京都府木津川市 福森裕一(57)