勇者の物語

とっさのウエスト 奇跡の一球 虎番疾風録番外編250

九回裏1死満塁、広島・江夏豊投手が近鉄・石渡茂内野手のスクイズバントを外し3走を挟殺。近鉄は好機と共に優勝も逃す結果となる
九回裏1死満塁、広島・江夏豊投手が近鉄・石渡茂内野手のスクイズバントを外し3走を挟殺。近鉄は好機と共に優勝も逃す結果となる


■勇者の物語(249)

日本シリーズ第7戦は、今も語り継がれる『江夏の21球』がすべてだった。昭和55年に作家の山際淳司が書き、58年にはNHKが『時の記録』(1月24日放映)で「21球」を徹底分析した。

◇第7戦 11月4日 大阪球場

広島 101 002 000=4

近鉄 000 021 000=3

(勝)山根2勝1敗 (敗)柳田2敗 (S)江夏2S

(本)平野①(山根)水沼①(柳田)

1点を追う近鉄、九回裏の攻撃。①先頭の羽田が中前打で出塁②羽田の代走・藤瀬が二盗。捕手・水沼の送球を高橋慶が後逸し藤瀬は三塁へ③アーノルド四球。代走・吹石が二盗④平野が敬遠の四球で無死満塁⑤山口の代打・佐々木が空振り三振⑥一番・石渡が1―0後の2球目をスクイズ。この構えを見た江夏がカーブの握りのままウエスト。空振り。三塁走者・藤瀬が三本間で挟殺⑦石渡が空振り三振。ゲームセット。

筆者は記者席の最前列で見ていた。江夏の凄(すご)さより近鉄が情けなかった。江夏の19球目、石渡への2球目(ウエスト)もけっして当てられないボールではないように見えた。〈なぜ、石渡は空振りしたのか〉。後年、サンケイスポーツの専属評論家となった野村克也に尋ねた。

「カーブやからや。あれがストレートやったら石渡はバットに当てとった」

1球目、内角へのカーブで1ストライクをとった江夏は、打ち気なく見送った石渡から「スクイズがある」と直観した。だが、何球目に来るかまではわからない。2球目、内角へのボールになるカーブでようすをみようと投球動作に入る。石渡がバントの構え。水沼が立ち上がる。江夏はとっさにカーブの握りのまま外した。ボールはカーブしながら石渡のバットの下を通って水沼のミットへ。

「石渡もカーブで外すとは思ってなかったやろ。ストレートのつもりでバットを出した。ところが、来るはずのボールが来ない。タイミングが狂った。だからカーブの回転で落ちてきたボールをバットで追いかけてしもたんや」

これがノムさんの解説だった。変化球をバントする際「ボールはバットで追わず目で追う」が鉄則。『江夏の19球目』はその基本を石渡に忘れさせるぐらい驚きの「奇跡の一球」(野村談)だったのである。(敬称略)

■勇者の物語(251)

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