【話の肖像画】ジャパネットたかた創業者・高田明(72)(6)叔父の一言で英語の道へ(1/2ページ) - 産経ニュース

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話の肖像画

ジャパネットたかた創業者・高田明(72)(6)叔父の一言で英語の道へ

高校時代に仲間たちと(左から3人目が本人)
高校時代に仲間たちと(左から3人目が本人)

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《故郷の長崎・平戸で中学に入学。勉強はまあまあだったが、英語は大好きで塾に通っていた。その後英語は、自身の運命を動かすきっかけとなる》


平戸は江戸時代に長崎・出島ができるまで、南蛮貿易で国際的に栄えたところです。平戸と出島の歴史から「和華蘭」といわれるのが長崎の文化。日本と中国、オランダが混在する「わからん」というグローバルな風土のことです。僕も祖先をたどっていけば、オランダ人までつながっているのかもしれませんね。それこそ「わからん」ですけど(笑)。

中学で英語に打ち込んだのはきわめて個人的なきっかけです。叔母の結婚相手が大学時代にESS(English Speaking Society 英会話サークル)に所属していて、平戸で初めて話したとき、「ボールペンの代わりに鉛筆を貸してください」というのは「instead of」(~の代わりに)を使うと教わった。「うわっ、かっこいいな、そんな表現するんだ」となって、それで英語塾へ。物事が始まるのはこんな何でもないちょっとしたきっかけからですよね。


《平戸の県立猶興館(ゆうこうかん)高校の進学クラスに進み、勉強に打ち込んだ》


中学時代はバスケットボール部で平戸の地区大会を勝ち抜いて県大会に出場しました。1回戦で長崎市の強豪、片淵中にボロ負けでしたが…。屋外での試合で、30度を超える炎天下だったのでみんなバテちゃって、最後は1人しか走っていませんでした。