【ビブリオエッセー】後戻りできない哀しさ 「たけくらべ」樋口一葉 - 産経ニュース

メインコンテンツ

ビブリオエッセー

後戻りできない哀しさ 「たけくらべ」樋口一葉

現在、五千円札の肖像は樋口一葉です。生前は貧しさの極みにあった一葉を高額なお札で見ることに切なさを感じます。女性活躍推進の象徴なのでしょう、次の五千円札も津田梅子に決まり、明治女性のたくましさに感心します。それにしても一葉の、父の死で裕福な暮らしから一転、貧困や病と闘いながら命懸けで小説を書いた短い生涯に、胸が熱くなりました。

その代表作が『たけくらべ』。朝のテレビ番組で川上未映子さんの現代語訳が紹介され、さっそく読み始めたのですが、原文の文語調はさすがに読みにくく、現代語訳に助けられながらの読了でした。きちんと読んだのは初めてで、実に切ない小説だったのですね。

江戸時代から続く遊廓、吉原界隈に住む子供たちの成長物語です。主人公は大黒屋の美登利。一家は花(おい)魁(らん)の姉を頼ってこの町に移り住みました。正太郎や龍華寺の子、信如ら十代の少年少女の生き生きとした日常が描かれていますが、それもつかの間です。お歯ぐろ溝(どぶ)の内と外、表町と横町、子供たちの世界にも社会の格差が映し出されるのです。

終盤に酉(とり)の市の場面があり、ラストは信如が贈った造花の水仙。負けず嫌いで明るい美登利が大人びてゆく様子には後戻りできない哀しさを感じました。遊里に生きる少女と仏門に入る少年、それぞれの道へ。大人になる前の葛藤や不安は時代を超えて共感しました。

作品には一葉が実際に吉原界隈で生活した体験や見聞が反映されています。貧困を知ったからこそ女性たちの悲哀を描けたのでしょう。新型コロナの影響もあり、現在の女性たちも生きづらさを抱えています。一葉の目はしっかり現実を見つめていました。今も昔も変わらない、生きることの苦しさを語るために。