「いらっしゃいませ」は日本の文化 芥川受賞作「コンビニ人間」めぐり熱き国際議論

『コンビニ人間』の翻訳者とオンラインで語り合う作家の村田沙耶香さん(右)と司会を務めた沼野充義・名古屋外語大副学長(国際交流基金提供)
『コンビニ人間』の翻訳者とオンラインで語り合う作家の村田沙耶香さん(右)と司会を務めた沼野充義・名古屋外語大副学長(国際交流基金提供)

世界の30を超える国と地域で翻訳出版されている村田沙耶香さん(41)の芥川賞受賞作『コンビニ人間』(平成28年)。この小説の魅力や海外での反響を翻訳者が語り合うオンライン座談会が行われた。議論からは、日本独特の〝コンビニ文化〟を描いた物語に潜む現代的かつ普遍的な問題が浮かび上がってきた。

座談会は国際交流基金の主催。作者の村田さんのほか、英、ロシア、イタリア、ポルトガル、アルメニアの計5言語の翻訳者が参加し、沼野充義・名古屋外国語大副学長が司会を務めた。

『コンビニ人間』の主人公は18年間コンビニエンスストアでアルバイト店員を続けている36歳の独身女性・古倉恵子。世間でいわれる「普通」や「常識」と格闘しながら、不器用に生き抜く姿がユーモラスにつづられる。村田さん自身のバイト経験を投影した作品で130万部超のベストセラー。2018(平成30)年には英米でも刊行され、合わせて25万部に達した。

「反応はとても良くて最近、文庫も出た。村上春樹や吉本ばなならの例はあるが、日本の作品では非常に珍しい。村田作品で博士論文を書こうとする学生もいる」とイタリア語版訳者のジャンルカ・コーチさん。

24時間営業で、食品や生活必需品は豊富。接客もマニュアルで徹底されている-。作中のコンビニのような店は、自国にない、と訳者は口をそろえる。「(同じような店でも)米国では雰囲気も品ぞろえも全く違う。それに店員は客が店に入ってきても何も言わない」と英語版訳者の竹森ジニーさん。ロシア語版訳者のドミトリー・コヴァレーニンさんも「コンビニは未来的。ロシアでも5年くらいたてば、そっくりのものが現れるかも」と話した。

翻訳版では意外にもコンビニ店員の〈いらっしゃいませー!〉の掛け声をそのままにしている例が多いという。マニュアル化された無機質なあいさつに見合う言葉が見つけにくい、という理由があるようだ。日本の独特な側面を描く作品が海外で受け入れられた背景には、主人公が感じる社会の抑圧や生きづらさへの共感がある。

結婚や就職の「常識」を押し付けてくる家族や友人らから異物扱いされる主人公・古倉は、店員でいるときにのみ世界の歯車になれて、充足感も得る。結末はハッピーエンドともバッドエンドとも読めて奥深い。

ポルトガル語版訳者のリタ・コールさんは「資本主義社会の中で、どう仕事と関わるのか、という働き方の問題が描かれている。結婚や子供を産むことへの周囲の期待など主人公と同じプレッシャーを感じている女性はブラジルにも多い」。南カフカス地方のアルメニア語版の訳者、アストギク・ホワニシャンさんも「女性の生きづらさはアルメニア社会にも共通する。『古倉は私だ』という声や、作中の会話が自分たちの親戚の集まりでの会話と似ていて笑った、という意見も出た」と明かした。

今、世界文学の最前線では人種や性別にとらわれない「多様な声」を求める機運がある。再び注目されているフェミニズム文学との関連を問われた村田さんは「私は自分の『傷口』を書いている」と話した。「日本の典型的な家庭で生まれて、子供のころから『女の子らしく』と押し付けられてきた。自分では意識できていない傷が心と体に残っていて、それが作品に流れているのでは」

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