【書評】『江戸のジャーナリスト 葛飾北斎』千野境子著 人間的魅力と謎を探求 - 産経ニュース

メインコンテンツ

書評

『江戸のジャーナリスト 葛飾北斎』千野境子著 人間的魅力と謎を探求

書影
書影

本書は、ボーン・上田記念国際記者賞を受賞したジャーナリストの著者が、江戸の浮世絵師、葛飾北斎のジャーナリスト的な側面を描き出した意欲作である。北斎の、絵画作品よりも人間的な魅力や人生の謎を探求したもので、新たな一面に光をあてたものといえるであろう。

著者が、人間・北斎に引きつけられた発端は、長野県小布施町にある「北斎館」を訪れたことである。そこで、小野小町の一生を描いた屛風(びょうぶ)「七小町」を見たとき、北斎の対象へのアプローチの仕方、事実を事実として冷厳に見るリアリストとしての眼に、「江戸時代のジャーナリスト」を直観したという。「かつて新聞記者だった自分の同業者であるかのような親近感をおぼえずにはいられませんでした」と書かれている。この「親近感」が、本書における北斎の扱い方に染みとおっている。

北斎の「ジャーナリスト魂」は、出島のオランダ商館からの注文を受けて絵を描き、カピタン(商館長)に会って海外情報を入手したところにも表れている。東洋美術研究家のフェノロサが北斎を「時代の代弁者」と呼んだことを紹介した上で、ジャーナリストとは「時代の代弁者」の代表であるとしている。北斎が「江戸のジャーナリスト」である所以(ゆえん)であり、著者は、北斎に「ジャーナリスト魂」の理想を見ているようである。

最終章「北斎を復活させたロシア人」には、著者の「ジャーナリスト魂」が遺憾なく発揮されている。帝政ロシアの海軍士官、キターエフのひたすらなる収集とプーシキン美術館の学芸員、ヴォロノワの辛抱強い研究によって、ロシア初の北斎展が日ソ共催で開かれ、それが機縁になって北斎ブームの素地ができ、北斎館の誕生につながるという道筋は、歴史の中には確かに希望があることを感じさせる。

新型コロナウイルス禍で、北斎ゆかりのオランダなどに取材ができなかったが、「おかげで、北斎の生きた江戸の鎖国という時代の空気を追体験したようでもあり、全面的にわるいことばかりでは」ないと受け止める精神のしなやかさが本書を貫いている。北斎が、苦難の今を生きる私たちに前へ進む勇気を与えてくれるという著者の思いが伝わって来る。(国土社・1540円)

評・新保祐司 (文芸批評家)