【モンテーニュとの対話 随想録を読みながら】毛にあって習にないもの - 産経ニュース

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モンテーニュとの対話 随想録を読みながら

毛にあって習にないもの

天安門事件から32年を迎えた朝の天安門周辺=4日、北京(共同)
天安門事件から32年を迎えた朝の天安門周辺=4日、北京(共同)
「天安悶」の休載を悲しむ

オピニオン誌「正論」が手元に届くと、真っ先に読むのは業田良家(ごうだ・よしいえ)さんの国際政治ギャグ漫画「それ行け!天安悶(てんあんもん)」だった。いま休載となっているのが寂しくてならない。そんなおり、かつては中国寄りの報道が目立ち「人民日報日本支社」と揶揄された新聞社のOBであるUさんから問い合わせの電話があった。

「『天安悶』はどうして休載になったのですか? 中国から圧力がかけられたんじゃないですか。ちょっと気になって」

さすがに「人民日報日本支社」のOBである。中国の圧力が身に染みているようだ。

「わが社のレゾンデートル(存在理由)にかかわるところですから、それは絶対にないと思いますよ」と答え、念のため編集部に問い合わせてみた。業田さんの都合だという。米国の大統領交代が大きいのかもしれない。バイデン大統領はトランプ氏のようにネタをふんだんに提供してはくれないだろうから。

天安悶とは大華国の元国家主席。40年間の眠りから目覚めた彼が、ナンバー2の集金平とともに世界征服をもくろんで暗躍するブラックジョーク満載の作品である。天安悶のモデルは毛沢東元国家主席(1893~1976年)。集金平は説明するまでもないだろう。

その毛沢東が率いた中国共産党が結党100年を迎えようとするこの時期に、習近平国家主席が外国から「愛される中国のイメージづくり」を指示したというニュースが飛び込んできた。「戦狼(せんろう)外交」と呼ばれる高圧的で攻撃的な対外発信をソフト化し、世界に親中派を増やしていこうという魂胆らしい。もっとも建国から70年でアメリカと対峙するほどの超大国となった中国は、これまでの強国路線を1ミリたりとも変更する気はなく、サイバー攻撃や、潤沢な資金を使った工作を、拝金主義に侵された世界に仕掛け、揺さぶりをかけてくるに違いない。つまりは羊の皮をかぶるだけのことだ。不気味でならない。モンテーニュはこう言っている。

《理論の上からではなく事実の上から見て、それぞれの国家にとって最もすぐれた政体とは、それが長くその下に維持されて来た政体のことである。国家の形態とその本質的長所とは習慣に依存する。我々はいつも現在の状態をいとうけれども、民主的国家において少数の統治を望み、専制君主国において別種の政府を求めるのは、まちがいであり、ばかなことであると思う》(第3巻第9章「すべて空なること」)

この言葉を読み、日本人の私は、2000年にわたり守ってきた天皇を戴く政体は変えるべきではないと考える。ところが易姓(えきせい)革命の中国においては、1949年の建国からたったの72年といえども、それが彼らにとっての全歴史である。その期間で貧国を超大国に押し上げた政体は絶対に変えるべきではないと考えるのは当然だ。世界中がどう非難しようとも、中国の強国路線は易姓革命が起こらない限り変わることはないだろう。

何によって欠落埋める

これから世界はどうなってゆくのだろう。ブルーな気分に陥っていたとき、まずなすべきは、改革派の知識人で北京大教授だった銭理群氏の「毛沢東が逝った後、彼の幽霊がまだ中国の大地に漂っていて、中国社会の発展に影響を与えている」との見立てを踏まえて、毛沢東の思想と現代中国における影響力をきちんと理解することではないだろうか-そんな問題意識によって書かれた本に出合った。

東京大名誉教授の中兼和津次(なかがね・かつじ)さんの『毛沢東論 真理は天から降ってくる』(名古屋大学出版会)である。中国経済が専門の中兼さんは「はじめに」にこう記している。

《とくに感情的に中国を見る風潮が昨今わが国では強いだけに、(反証可能な、ないしは仮説的に、という意味で)「科学的に」毛と現代中国を捉え直すことが必要だと考えている》

そうなのだ。人間は自分の見たいものしか見ようとしない。出版社もそれにおもねった本を次々と刊行する。うんざりしていただけに、こう言い切る中兼さんに強く共感してしまった。

大部の著作ゆえ、ここでは誰もが感じる謎をめぐる中兼さんの仮説を紹介することぐらいしかできない。その謎とは、58年に発動した「大躍進政策」で餓死者数千万人を出したにもかかわらず、なぜ最高責任者の毛沢東は失脚しなかったのか、というものだ。

中兼さんはここで、毛の「神化」、つまり彼が「マルクス教毛沢東派教祖」として神格化されていったことがその根底にあったという仮説を提示する。毛は解放闘争における実績(後年の捏造も含めて)、他の指導者にはない歴史に対する広範な知識、哲学的素養、伝統的中国知識人に不可欠な詩作力、そしてそれらに基づいた弁舌力と説得力を有していたのだ。

そしてもうひとつ。彼は責任を取る形で国家主席の座を劉少奇に譲るものの、軍隊だけは絶対に手放さなかった。「政権とは何か、力とは何か、権力とは何か、ほかでもなく軍隊である」とは毛の言葉である。だからこそ、後の権力奪還闘争である文化大革命の発動も可能だったのだ。

ここで気になるのが習近平国家主席だ。中兼さんはこう断じる。《「ミニ毛沢東」を目指す習近平は「中国の夢」「中華の復興」を唱え、以上三つの原理にナショナリズムという、いささか変わり映えのしない、通俗的で凡庸な統治原理を付け加えたにすぎない》

「三つの原理」とは、権力こそがすべてという「権力主義」、衆愚政治を生む可能性のある民主主義を否定し賢人こそが政治を担うべきだとする「エリート主義」、机上でなく事実に即して真理を求める「実用主義」という、毛の遺産である統治原理のことだ。

習主席は毛にならって語録を出版するなど、自身の「神化」をもくろんでいるように見える。ただ、毛のような解放闘争における実績がないのは当然だとしても、毛に匹敵する歴史、哲学、詩作の教養と、それらを駆使して周囲を説得する弁舌の能力があるとは私にはとても思えない。この欠落を何によって埋めようとするのか、それが何よりも気がかりなのだ。

※モンテーニュの引用は関根秀雄訳『モンテーニュ随想録』(国書刊行会)による。