「CLANNAD」から17年 麻枝准さんが初小説で問う「人生」

麻枝准さん(ビジュアルアーツ提供)

「CLANNAD(クラナド)」など多くの人気恋愛ゲームを手掛け、2000年代以降のポップカルチャーに影響を与えたシナリオライター・作曲家の麻枝准さんが、初小説『猫狩り族の長』(講談社)を刊行した。シナリオと音楽の両方を手掛け、多くの人気作を発表し続けてきた麻枝さん。だが、それら創作の原動力は「負のエネルギー」にあったと吐露する。「これまで描いてきたのは『虚構』。本当に自分が思っていることを初めてぶちまけた作品です」「生きづらさを感じている人に読んでほしい」。初小説から垣間見れるのは、著者の苦悩と心の叫びだ。

小説の書き方の本を買いました

「自分は負のエネルギーで作品を作ってきたタイプ。2年前に理不尽なことがあり、負のエネルギーが膨れ上がったとき、社長(麻枝さんが所属するコンテンツ制作会社『ビジュアルアーツ』の馬場隆博社長)から、『小説を書け』と言われました」

執筆のきっかけをこう振り返る麻枝さん。続いて想定外の発言が飛び出した。

「小説の書き方の本を買いました。文章力に自信がなかったんです。まずは勉強しなくちゃ、と」

麻枝さんは「泣きゲー」(泣けるゲーム)のパイオニアとしてゲームファンの間で知られる。特にビジュアルアーツのブランド「Key」から発売された「Kanon」「AIR」「CLANNAD」は、京都アニメーションのアニメ化もあり多くのファンを獲得した。麻枝さんはこれらを手掛けた中心人物であっただけに、驚きの発言だ。

「その本には『助走のつもりでとにかく書き出すことが大事』と書いてあった。自分がいつも感じている、『この世界は生きるのにふさわしいか』『人生に対する恨みつらみ』を書き始めました。ライトノベルとして出版すると思い書き始めたのですが、初校を読んだ社長が『文芸作品として世に送り出したい』と。執念が実った感じです」

麻枝さんと十郎丸

<あたしはこの日、美しく、気高く、そして恐ろしく面倒くさい人物と出会った。(中略)この出会いが一生に一度だけのものとなる。なぜだか、そんな予感がして鼻の奥がつんとした>

物語の主人公は、地方都市に住む19歳の女子大学生、時椿(ときつばき)。ある春の日、時椿は自死願望を持つ女性作曲家、十郎丸(じゅうろうまる)を成り行きで助ける。物語はこの2人が織りなす「約束の五日間」が描かれている。

格闘技のようなジャズのライブ、猫カフェ、海を見に行くドライブ…。十郎丸に生きる意味を見いだしてもらうため奔走する時椿。ところが、十郎丸との思い出を増やすうちに、作曲家としての実績があり自分にはない魅力を持つ十郎丸と過ごす日々に幸せを感じていく。「この世界は生きるに相応しいのか」という根源的なテーマが潜む一方で、2人の「楽しいこと探し」の日々はまぶしい。麻枝作品の特長である会話劇の楽しさも健在だ。

<なぜ皆、平然と生きていられるのだ>。十郎丸という人物が、この小説のキーとなる。

十郎丸は子供の頃から夏休みが長すぎると感じ、大人になってからは毎朝起きるたびに絶望する。生きる理由を仕事にしか見いだせず、週末が恐ろしくて仕方がない…。十郎丸というキャラクターには、自身の姿が投影されているという。

「十郎丸は自分の分身。この世界は生きるのにふさわしいのかを、十郎丸に語らせました」

夢はかなう。もっとも…

創作を志したのは小学4年生ごろ。兄のパソコンを自身も使い、パソコン雑誌「マイコンBASICマガジン」を愛読。小学生にして、ゲーム作りの楽しさを実感した。

「小学生の頃、ゲームブックがはやっていて、自分でもゲームブックを作っていました。小学生の時からクリエイター、人を喜ばせる側の人間だったんです」

ファンタジー小説『グイン・サーガ』など栗本薫作品にもハマり、次第に「物語を書きたい」と思うようになった。だが、大学生のときに挫折を経験する。ライトノベルの小説応募コーナーに2カ月に1度作品を送ったものの入選できず、佳作止まりだったからだ。

「大学生の頃は、小説家になるか、RPGを作るか―という2つの夢がありました。今年は5月に『猫狩り族の長』を出し、新作RPGゲーム『Heaven Burns Red』(ヘブンバーンズレッド)も配信予定です。あのころの自分に『夢はかなうよ』といってあげたいですね。もっとも、夢がかなっても、自分が幸せになれるのかはまた別の話ですが」

老後まで書く予定だった代表作

これまで多くのゲームを手掛けてきた麻枝さん。自身が振り返る最高のシナリオは、雪の降る街を舞台にした恋愛ゲーム「Kanon」(平成11年)のヒロインの一人、真琴のシナリオだという。

同作のシナリオを手掛けたのは麻枝さんと、麻枝さんが「天才」と語る久弥直樹さん。ただし、麻枝さんは、以前から久弥さんと比較され続け、心ないファンからは「はずれのシナリオライター」と呼ばれた。

「全部自分の曲をつけて、自分で演出して。(スタッフに)『デバッグ(プログラム内のバグを見つけ修正する作業)中に泣けて作業ができない』といわれ、今回は勝ち目があるんじゃないか―と思いました。ただ、それで満たされたら、〝次〟には行けない。負のエネルギーがたまるほど鋭った、いいものができるんです」

麻枝さんの代表作は、今も「泣きゲーの金字塔」といわれる「CLANNAD」(平成16年)であろう。ヒロインとの恋愛成就=ゲームクリアが一般的だった当時、同作は一部のヒロインとの結婚や出産を情感豊かに描写。多くのプレーヤーが衝撃を受け、19~21年にはアニメも放送。「CLANNADは人生」というネットスラングも生まれた。

あれから17年。「アニメ化のおかげで『泣けるアニメの金字塔』にもしてもらえた」と語る麻枝さんは、「企画段階では老後まで書く予定でした」と明かす。

「(普通の恋愛ゲームなら)ヒロインを攻略してエンディング。〝続き〟を書いたのはあれが初めてでした。ヒロインと実際に結婚して、子供ができて、挫折して…という物語を書きたかった。人の一生を書きたかったんです」

「Key」を背負わずに

<今まで虚構を描いてきた。初めて本当に思っていることを書きました>

本書の帯には、従来のファンには刺激的な文言が書かれている。

「『CLANNAD』の家族愛など、多くの人から『感動した』などと言っていただきましたが、あれらの過去作はすべて『虚構』。実体験ではなく想像で作ってきました。『猫狩り族の長』は、本当に自分が思っていることを初めてぶちまけた作品です」

本書が過去作と違う点はもう一つある。「『Key』のブランドを背負わずにできたこと」だ。

「これまでは、泣けるゲームを作らないといけないという〝十字架〟を背負ってきた。今回は生まれて初めて個人名で書いた作品。『読み手に受けるためにはこうしなきゃ』などと考えないようにしました」

「筆折れ」「引退しろ」…。作品を発表するたびにネット上で「罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐」も浴び、つらい思いをしたという。なぜ、それでも作品を作り続けるのか。

「やりたいことが仕事以外ないんです。毎日、なんで人生を生きていかなくてはいけないのかを自問自答しています。生きがいはそれ(作品の制作)くらい。だから、『久々に麻枝のテキスト面白いと思った』などとSNSなどで言ってもらえ、ホッとしました」

『猫狩り族の長』は重版が決まり、現在は3刷り。ただし、今後の小説執筆は未定だという。「魂を削って書いた。気軽に『もう一冊書きます』なんていえない」からだ。

先日、16歳の読者からのファンレターが出版社宛てに届いた。ファンの応援の声を聞くと笑顔が浮かぶ。「この小説は、元気な人には〝刺さらない〟かもしれない。自分の生きている世界はこんなにもしんどくてつらいと思っている人、性格的に気を使うタイプの人たちに刺さるし、寄り添える物語だと思います。そういう人たちの心に響いてもらえたらうれしいです」(本間英士)

まえだ・じゅん 昭和50年、三重県出身。シナリオや音楽などで参加した主なゲームに「ONE~輝く季節へ~」「Kanon」「AIR」「CLANNAD」「リトルバスターズ!」など。アニメの代表作に「Angel Beats!(エンジェルビーツ)」「Charlotte(シャーロット)」「神様になった日」など。