【話の肖像画】ジャパネットたかた創業者・高田明(72)(4)父母から学んだ商売人気質(1/2ページ) - 産経ニュース

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話の肖像画

ジャパネットたかた創業者・高田明(72)(4)父母から学んだ商売人気質

父、政雄さん(右)と母、和(かず)さんときょうだいで(右手前が本人)
父、政雄さん(右)と母、和(かず)さんときょうだいで(右手前が本人)

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《昭和23年、長崎の平戸島で生まれた。目の前の対馬海峡と、キリスト教会など戦国時代に南蛮貿易で栄えた名跡が数多く残る、風光明媚(ふうこうめいび)な観光地だ》

父は復員して故郷の平戸に戻り、趣味が高じて写真店「カメラのたかた」を開きました。先の大戦での経験はあまり話していませんでしたが、僕が「坂の上の雲」を読んでいたころ、たまたま作品に出てくるロシアの軍人について、父が話題にしたことがあったんです。「なんでそんな名前を知っているの」と聞いたら、「そりゃ、大正生まれだからよく聞いていたんだよ」と。「もしあの船に乗っていたら死んでいた」と話していたこともありましたね。

子供時代の父の印象は厳しいというよりも怖い人。いたずらをすると、たたいたりはしないのですが、井戸でくんだバケツの水を頭からバアーッと浴びせる。それを母が心配そうに見ていましたね。実家は商店街にあるのですが、すぐ裏に勝尾岳という山があり、父に叱られるとそのまま山に逃げ込んでいました。暗くなると母が迎えにきてくれて。厳しい父と優しい母。今思っても、昭和時代のふつうの家庭でしたね。

《両親の周りにはいつも友人がいた》

カメラを持っている人がそう多くはない時代で、お医者さんとか豆腐屋さん、お巡りさんといった趣味で写真を撮っている近所の人たちが、父の店に白黒フィルムを持ち込んで現像し、焼いた写真を50枚くらいフロアに並べる。祭りとか島の風景とかの写真を大きく引き伸ばして、「どれがいい」「すばらしい」と品評会が始まるんです。