20日の「父の日」を前にどんな父親になりたいかを考えてもらう映画がオンライン公開された。社会的成功を収めた旧友たちの活躍に対し、嫉妬心にとらわれたアラフィフおやじの悲哀と再生を温かなタッチで描く米映画「47歳 人生のステータス」。通底するのは、他人と比較する愚かさを知ることの大切さだ。米国のマイク・ホワイト監督(50)は「他人をうらやむと不条理な出来事を呼び込んでしまう。いかに自分が夢を実現していくかに注意を向けるべきだ」との思いを込めた。(高橋天地)
静かに描く激しい嫉妬心
主人公は47歳のブラッド(ベン・スティラー)。地味だがやりがいのある事業を興し、愛する家族と手堅い人生を歩んできた。ある日、大学進学を目指す息子トロイ(オースティン・エイブラムス)に付き添い、ボストンで受験校を見学。道中、大学時代の友達と再会し、彼らが時の人としてマスコミに追われ優雅な暮らしを送る姿に激しい嫉妬心を抱く。同時に自分の歩みに意味があったのかと自信を失う―。
「完全に嫉妬心にとらわれてしまった中年男の〝独り芝居〟の物語」とホワイト監督。どこか沈んだ表情で覇気もなく、次第に嫉妬心、不安、後悔に突き動かされ、心を制御できなくなっていくブラッドのやり場のない苦しみを、ホワイト監督は静かなタッチで紡いでいく。
おかしみを感じさせるのが、スクリーン上のブラッドに彼の心の声をかぶせるボイスオーバーの手法だ。ブラッドの静かなたたずまいとは裏腹に、ブラッドの激しく燃えさかる内面のアップダウンを躍動的に表現し、作品に独特な彩りを添えている。
「ブラッドの静かな外見とは裏腹に心の内側では、生死にすら関わる強烈なドラマが進行中だ。ボイスオーバーを使うことで、人間が抱える矛盾を視聴覚的に分かりやすく表現できたのではないか」
さらにボイスオーバーを多用した反動か、時にイライラを他者に爆発させるブラッドの姿はそれだけ余計に鬼気迫るものとなる。トロイがハーバード大の面接試験日を間違えた際に烈火のごとく怒ったブラッドの姿は見どころの一つだ。
喜べるステータスに限度も
脚本も手掛けたホワイト監督が嫉妬心に注目したのは、常にヒット作品が求められるハリウッドで過酷な〝生存競争〟にさらされ、ライバルへの嫉妬心に苦しんできた体験を伝え、向き合い方を考えてほしかったからだ。
「特にハリウッドでは金こそステータスと、極めて資本主義的な考え方がまかり通っており、それがまたステータスを測る物差しとなっている。私は常に他人と比較し、他人の成功をうらやましく思ったり、自分に足りない点は何かと考え込んだりしてきましたね」
もっとも、何が自分にとって大事なステータスなのかの判断は、年を重ねるごとに変わってきた。ホワイト監督は「若い頃は、仕事で自分の存在を認められたいと強く思っていた。でも仕事で得られるステータスへの喜びには、限界があることにも気付きました」と振り返る。
今はどうか。ホワイト監督は、仕事=人生や夢のゴールにたどり着くための方法であって、人生をより豊かに生きるために支えてくれる道具の一つに過ぎない―と考えるようになったと指摘。「重要なのは人生=ライフそのもので、仕事はそこにたどり着くための入り口だ」と続けた。
心安らぐ人生の後半戦を送るには
嫉妬心は人間の本能ともいえ、友人や会社の同僚の成功に気をもむ者も多いだろう。ただ、付き合い方によっては「野心家を突き動かす原動力にもなる」(ホワイト監督)。では、ふとした嫉妬心が頭をもたげたらどう制御すべきか。ホワイト監督が薦めるマインドセットが個性的で面白い。
「少なくとも自分をよく知る人たちが自分のステータスをどう見ているか―を確認すること。まるで分かっていないのならば、地道に努力を続け、自分の本当の姿を伝えるべきだ。これこそが心の安定を得る上で大事な心がけだ」
それを裏付けるかのようなエピソードがある。ホワイト監督が長年の親友、スティラーに本作の主演を打診するため、脚本を読んでもらったときのこと。スティラーは読了後、開口一番に「これは僕だ。僕は主人公のブラッドだ」と声を弾ませた。
スティラーといえば、押しも押されもせぬハリウッドスター。自分のステータスに劣等感を抱くなどにわかには考えにくい。このときホワイト監督は「成功のバロメーターは人それぞれなのだ。当事者が考える本当の成功とはかけ離れたものかもしれない」との思いを強くしたそうだ。
同時にホワイト監督は、スティラーが心の奥底に澱んだ何らかの嫉妬心や劣等感を知ってほしかったのではないかともにらんだ。実際スティラーは過去にメンタルのバランスを崩し苦しんだ時期もあったという。
また、本作でも描かれているが、ホワイト監督はSNS(会員制交流サイト)で他人の生活を気軽にのぞけるようになった現代社会にも言及し、「『隣の芝生は青い』と思うかもしれないが、本当に青いかどうかは分からない」と警鐘を鳴らした。
6月11日から、MIRAIL、Amazon Prime Video、U-NEXTでオンライン上映中。1時間42分。
■Mike White(マイク・ホワイト) 脚本家、映画監督、プロデューサー、俳優。主な作品は「スクール・オブ・ロック」(2003年)など。