浪速風

田辺聖子さん 終戦直後に誓った「この道」

「十八歳の日の記録」と題された田辺聖子さんの日記の表紙
「十八歳の日の記録」と題された田辺聖子さんの日記の表紙

「あんたの本なあ、たくさんあったのが出してあげたかったんやけど」。昭和20年の大阪大空襲で生家を失った田辺聖子さんに涙声の母親がそう言ったそうだ。一昨年91歳で亡くなった作家、田辺聖子さんの若き日の日記が見つかった。17歳の4月から約2年間、まさに終戦前後の日々である

▶ふと半生記『楽天少女通ります』(日本経済新聞社)のくだりを思い出した。母がかろうじて持ち出したカバンの中に愛読書が数冊、林芙美子に吉屋信子、菊池寛、吉川英治…。おせいさんは「これらを風呂敷に包み、甲子園の古本屋へ売りにいった」

▶「古本はたかく売れる。焼けていなければ売る本はたくさんあったのに」と悔しがるのがたくましくおかしかったが、そんな記憶をたどるときにはその日記を読み返したのかもしれない。楽天家の少女は21年のおおみそかにこう記した。「小説を書こう。私はもう、この道しか、進むべき道はない」。大作家の原点である。