そのまま描くのではなく、テーマを選び取れ クレパス画の自由表現

田伏先生がクレパス画を描く理由
田伏先生がクレパス画を描く理由

大阪・梅田の大人の絵画教室「サクラアートサロン」の5日間のトライアルレッスンに通い、印象派の点描技法やトリミングの手法などを学んできた。最終日はいよいよ自由創作に挑む。先生から「描きたい写真を家から持ってきて」との指示。筆者はトラ番記者として昭和56年に取材した、阪神タイガースのテンピ・キャンプ(米アリゾナ州)の練習風景の1枚を探し出した。

鳥の目虫の目

アリゾナの青い空、赤土に緑の芝、そして白いユニホームを着たタイガースの選手たち。選手にボールを投げ渡す私自身も写っている。きっときれいな風景画になる-と思っていた。

ところが、講師の田伏勉先生は「写真から、人に何を伝えたいかテーマを考えて。次にそれをどう描くかを考える」と、いきなり難しいことを言い出した。

これまでのように写真から輪郭をトレースして、そのまま描くのではなさそうだ。テーマねぇ、選手にボールを投げる、かな…。

作品のモチーフにした昭和56年、阪神のテンピ・キャンプの練習風景
作品のモチーフにした昭和56年、阪神のテンピ・キャンプの練習風景

「なら、その投げたボールを鳥のように空から見た目線で描くのはどう? 逆にアリになって下から見上げた構図でもいい」

鳥やらアリやらの目線で描け-。周囲を見回すと、そんな変テコリンな指示を出されているのは私だけのようだ。他の生徒さんたちは、人物や風景の写真をそのまま楽しく描き始めている。

デフォルメに挑戦

「デフォルメというんだよ。こういう絵の方が、田所さんの性格に合っていそうだからね」

それって、褒められてるのかなぁ。先生の指示は次々飛んできた。

①あれもこれも描こうと思わない。捨てて、捨てて。ただし、なぜ、捨てるのかは頭に入れておく

②正しく人間の形を描くと動きが止まるよ

③写真に写っているものを全部、分解し、新しく組み合わせてもいい

④悩んでいても始まらない。とにかく落書き、落書き。その中からパッと出てくるから

何も出ない。頭の中は真っ白。うんうん、苦悩すること1時間。ようやく、1枚のラフが出来上がった。

クレパスで下色を塗っていく。これはレッスンで習ったから簡単だ、と思いきや、またしても先生の「ストップ!」。

「自然な色はダメだよ。デフォルメした構図に自然の色ではバランスが悪い。色もデフォルメする。たとえば手は黒。ボールをピンクにするのもおもしろい」

「せ、先生、ユニホームだけは白にしたいんですが…」

「いいでしょう」

なんだか、純潔を守った気分だ。

バットを赤に、芝は黄色に、空には白を塗って上に青を。手は最終的に黒だが、スクラッチで手の明暗や骨格、しわを浮きだたせるのを想定して、下にオレンジ色と茶色を塗り込んでおく。下絵ができた。

クレパス画挑戦 田所龍一記者が描いたクレパス画=大阪市北区のサクラアートサロン大阪(寺口純平撮影)
クレパス画挑戦 田所龍一記者が描いたクレパス画=大阪市北区のサクラアートサロン大阪(寺口純平撮影)

汚れか「味」か

絵の細かな部分を描き込んでいく。竹ベラで細く削って黒い手に陰影をつける。ペインティングナイフを使い、空の青を大胆に削り取る。

スクラッチ技法はこのレッスンの最重要技法だ。描いては削り、塗っては削る。ユニホームも白で塗り、完成間近だ。

「失敗することを怖がってはダメだよ。クレパス画は失敗から生まれてくるんやから」

なんて言いながら先生、黒のクレパスをブラシを使って揮発油で溶かし始めた。何をする気、先生。まさか、クラシック画法でやったグレージング?

いや、それよりも大胆だった。スポンジローラーで芝や空に薄く黒を塗り、ブラシの先を指ではじいて、ピン、ピンと絵の上に黒い絵の具を飛ばしたのである。

「これを汚れと見るか、味と思うか…やね」

ローラーを用いてクレパス画を仕上げていく=大阪市北区のアートサロン大阪(寺口純平撮影)
ローラーを用いてクレパス画を仕上げていく=大阪市北区のアートサロン大阪(寺口純平撮影)

守っていた純白が…。せめてもとライターで白を溶かしてユニホームの上に。黒のクレパスで「Tigers」とネームを入れ、背番号「6」を描き入れた。

「金本やないですよ」というと、周囲で見ていたレディーたちが「藤田平やろ。私らの知ってる阪神の6番言うたら、藤田しかおらへんわ」。

ありがとう。そのお言葉で完成です。絵のタイトルは『平(へい)さん、はい、ボール』です。(田所龍一)

田伏先生のクレパス画の講座には、たくさんのレディーたちが参加している。

中でも長辺が2メートル近くになる120号以上の大作に挑戦しているのが大阪市在住の高原雅代さんと奈良県香芝市在住の前川美千代さん。展覧会への応募作だ。

前川さんが描いているのは「クラゲ」。山形県鶴岡市にある加茂水族館(クラゲドリーム館)まで観察に行ってきた。「見ていると心が癒やされて…。そんな絵が描けたらいいなと」。夢は、いつか水族館に自分の絵を飾ってもらうこと。

「田伏先生とは9年目」と話す高原さんは米ニューヨークを旅して着想した「観覧者」を描く。

大作に挑んでいるアートサロン大阪の受講生たち(寺口純平撮影)
大作に挑んでいるアートサロン大阪の受講生たち(寺口純平撮影)

2人とも、田伏先生を「神の手を持つ男」と尊敬する。「最後にちょっと手を入れるだけで、絵が生まれかわる。先生はそれぞれの生徒さんの性格に合った教え方をする。だから9年も続くんですよ」と高原さん。うなずく前川さん。

そばで田伏先生が照れくさそうに聞いていた。