本郷和人の日本史ナナメ読み

古文書と身分差㊦ 異例の手紙が示す朝幕関係

九条道房像(模本、東大史料編纂所蔵)
九条道房像(模本、東大史料編纂所蔵)

先週は「前右大臣」である九条忠家から、「相模守」への書状、つまりは手紙をご紹介いたしました。そのうえで、相模守とは誰なのか。この書状にはどんな問題があるのか、ということを質問しておきました。今回はその答え合わせと説明です。

まず相模守ですが、これは鎌倉にいる北条時宗になります。時宗は日本が2度の元寇にさらされたときの執権で大河ドラマの主人公にもなった人物ですので、多くの方が名前を聞いたことがあるかと思います。

九条忠家は、「私は摂政・関白の地位に就くのを支援してほしいと、あなたにお願いしている。ところが願いが成就する前に、ライバルの一条家経が私を越えて(中世の朝廷では、超越(ちょうおつ)、という語を使います)、一位に昇ってしまったのでたいへんに驚いている。どうか、摂関への就任を、しっかりと援助してほしい」と時宗に懇願しているのですね。

当たり前ですが、時宗に頼むということは、鎌倉幕府に頼むことです。忠家は幕府を挙げての助力を当てにしているのであって、時宗個人ではありません。最近、承久の乱において後鳥羽上皇が「北条義時を討て」と命じていることは個人としての義時の首を差し出せということで、幕府の否定を意味しない、との珍妙な解釈が横行しています。でもそうした読みは浅はかです。この文書などを参考にすれば分かりそうなものだけれど、まあその話は置いておきましょう。

では、この文書のどこに問題があるのか。どこが変わっているのか。それは、偉い人は身分の低い人に直に文書を出すことを普通はしないのに、ここではその文書上の常識が当てはまらない、ということです。

先週も説明したように、身分の低い人が偉い人に手紙を書くのは、身分の上下に厳しい中世では不敬の極みであって、あり得ません。逆に偉い人が身分の低い人に手紙を書くのは、別に構わない。けれども、普通偉い人は自らの権威を大切にするので、そうしたことはしない。家来を通じて、意思を伝達するのです。

以前に説明した奈良への文書を参考にすると、摂関クラスの意思は、弁官クラスの人が奉って、文書を作成する。受取人が興福寺の上級僧侶であれば、このかたち。相手が春日社の神官だと、レベルがもう1段下になります。そうすると、弁官の家臣(家司、と呼ばれます)が文書を作成する。この弁官の部下は、山城守とか、大和守とか、各国の国司の官職を帯びている。ということは、相模守である北条時宗は、朝廷の官職の体系からすると、九条忠家の2段階下の身分になる。それなのに、忠家はたかが相模守にすぎない時宗に、直に手紙を書いている。超越されたら怒って辞官する人もいるくらい上下にうるさいのが貴族ですから、これは朝廷内では絶対にあり得ないくらい、異例なことなのです。

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