【東京特派員】湯浅博 「歴史に消えた参謀」と不帰の人(1/2ページ) - 産経ニュース

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東京特派員

湯浅博 「歴史に消えた参謀」と不帰の人

梅雨入り前の暑い日であった。社に戻ると、机の上に薄墨で書かれた訃報が届いていた。差出人の遺族名から、その端正な顔立ちの老弁護士、柏木薫先生を思い浮かべた。筆者にとっては、「歴史に消えた参謀」として本紙に連載した吉田茂首相の軍事顧問、辰巳栄一中将をつなぐ英明な元軍人であった。

柏木少尉はニューギニアで戦死した父の後を継いで陸軍士官学校(57期)を卒業し、第3師団麾下(きか)の静岡第34連隊で連隊旗手を拝命していた。師団長は辰巳中将である。

柏木元少尉を知るきっかけは、「80歳になる著名な弁護士が、筑波大学の法学博士号を取得した」との話を小耳にはさんだからだ。東京・虎ノ門の柏木総合法律事務所を訪ねると、弁護士13人を抱え、外国の法律業務まで扱う大きなオフィスであった。

柏木先生は気力、体力を総動員して論文執筆に傾注し、博士論文「英国における上場企業の経営監督機構のあり方と取締役報酬の開示」を書き上げている。世は相次ぐ不祥事、粉飾決算が横行していた時代で、先生は乱脈経営が非難された英国企業の血みどろの改革をテーマに選んだ。

20歳も年下の指導教官の教授は、「熟読するのに10日間かかりました」と舌を巻いていた。「日暮れて道遠し」のはずが、いつの間にか電話帳のような約400ページの大論文になったと笑う。「ただ時代の流れについていくためです」と枯淡の境地を語った。

この時だったと思う。辰巳中将が駐英武官として三国同盟に異議を唱え、対英米戦争に反対していたことを聞いた。柏木先生は終戦のときに、辰巳師団長が一兵のもれなく大陸から帰国を果たしたその指揮ぶりをたたえていた。

復員後は東京大学法学部に入学して司法試験を目指す。戦後も何かと部下の面倒をみた元中将から「これからは法律が重要になります」との助言を受け、法曹の世界に身を投じた。