勇者の物語

『以和為貴』長く辛い道のり 猛牛30年目の歓喜 虎番疾風録番外編243

近鉄パ・リーグ優勝祝勝会。西本幸雄監督は頭からビールをかけられる
近鉄パ・リーグ優勝祝勝会。西本幸雄監督は頭からビールをかけられる

■勇者の物語(242)

第3戦、阪急の先発は稲葉。近鉄は村田。試合は投手戦となった。阪急は六回、福本の右翼本塁打で同点。七回、連打と四球で2死満塁とすると近鉄は3連投の山口を投入。笹本が中飛に倒れ、試合は延長戦に突入した。

◇第3戦 10月16日 西宮球場

近鉄 001 000 000 1=2

阪急 000 001 000 0=1

(勝)山口1勝2S 〔敗〕稲葉1敗

(本)福本①(村田)

延長十回、近鉄が1死満塁のチャンスをつかんだ。阪急は山田をマウンドに。平野を打ち取り2死としたが、続く小川の遊ゴロを名手・井上が弾いて痛恨の失点。その裏、阪急は2死二塁と山口を攻めたが、最後は簑田がシュートで空振り三振。近鉄の球団創立以来、30年目にして初のリーグ優勝が決まった。

五色のテープが一斉にグラウンドに投げ込まれ紙吹雪が舞う。マウンドで3連投の山口を梨田が抱きかかえ、歓喜の輪の中に西本監督が飛び込んだ。何度も何度も背番号「68」が宙を舞った。

「長い間、辛抱してその瞬間を待ってくださった皆さん、ありがとう! 阪急城を崩すのは長い辛い道のりでしたが、やっと実現することができました」

お立ち台で涙する西本監督に勇者のファンも熱い拍手を送った。

『以和為貴』―和を以て貴しと為す―604年に聖徳太子(厩戸皇子)が制定したとされる「十七条憲法」の第一条。西本監督の座右の銘である。高知・宿毛キャンプで、連敗が続いたシーズン中の苦しいとき、西本はこの言葉を選手に説いた。

お酒の飲めない西本監督が一度だけ大阪・ミナミの繁華街へ足を運んだことがある。カラオケバーものぞいた。一緒にいた担当記者が「なぜ?」と聞くと「選手がどんなところで飲んどるのか、知りとうなったんや」という。自分の子供のように年齢の離れた選手たちの「心」を、少しでも理解してやりたい―という西本の努力だった。

昭和48年11月、西本は「砂漠に城を建てるようなもの」と覚悟を決めて近鉄の監督に就任した。それから6年…かつて自分が築いた堅牢(けんろう)な阪急城をついに落城させた。西本は胸を張った。

「あれだけ強い阪急を倒すには、これくらいかかるやろ」(敬称略)

■勇者の物語(244)

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