【話の肖像画】憎み切れない94歳のおやじ 演出家・宮本亞門㉒ - 産経ニュース

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話の肖像画

憎み切れない94歳のおやじ 演出家・宮本亞門㉒

父・亮祐さんと
父・亮祐さんと

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《父、亮祐(りょうすけ)さんは昭和2(1927)年生まれの94歳。かつては母親への厳しい態度などから恨んだこともあったが…》


父は〝おぼっちゃん〟育ちなんですよ。祖父が富豪で、父を含めて一族の男は慶応出身が多い。背が高くてダンディーで女性に優しく甘え上手。モテないわけがありません。ひと回り上のおふくろと駆け落ちして、母を亡くした後は25歳下の僕の知人女性と再婚。子供もつくりました。ふだんは優しい人なんですが、お酒を飲むと人間が変わっちゃう。おふくろの胸ぐらをつかんで怒鳴り上げたり、浮気をして相手を妊娠させちゃったり…。

「もういいかげんにしろよ」って、正直言って昔は嫌いでした。母はよく泣いていましたからね。おふくろを守るために、殺したいと思うほど父を憎んだこともあります。

父もつらかったのだと思います。おふくろを亡くした後、喫茶店を引き継いだのはいいけど、経営はうまくいかない。もともと、水商売の経験などしたことなかったのですから。

ついに行き詰まって落ち込み、自殺を考えたこともありました。「お前(宮本さんのこと)はいいな、やりたいことあって。おかあちゃんと一緒だよ。いつも生き生きしてて…。オレなんか何の夢もなく、やりたいこともなく、オレはただただ、おかあちゃんが死んでから店を引き継いでやってきただけなんだ」って…。

決められないというか、自分で判断をできないところがある人なのです。昔からそんな場面を経験してこなかったのでね。


《平成11年に沖縄に家を建てるときには、建築資金を亮祐さんが使ってしまい、もはや「縁を切る」かどうかの騒動に》

おカネにルーズな人ではあったのですが、このときはさすがに啞然(あぜん)としました。おふくろから僕が受け継いだ大金をおやじに預けていて、いよいよ沖縄の家の土地を買い、設計ができて内装に取り掛かるときだったのです。僕が「あのおカネ返してよ」とおやじに言ったら、「もう使っちゃった」って。ホントどうしようか、と途方にくれましたよ。

事務所の人間は、「もはや父子の縁を切るしかないんじゃないか」と言いました。僕はちょっと待ってくれ、とよくよく考えた揚げ句、縁を切ってもいいことなどないし、僕の気持ちもイヤになるだろう、と思いとどまったのです。

父は均整に欠けるところも多いけど、いとおしいところはいとおしい。僕をこの世に送り出してもくれた。そもそも僕は父も母も「選んで」生まれてきたと思いたい。母が生きているときはそうは思えなかったけど、亡くなってからはことさらそんな思いが強まりました。


《両親が始めた新橋演舞場の前の喫茶店は名前を変えて営業中だ》


今は父も義母(再婚相手)もほとんど店には出ることがなくなり、2人の間にできた息子(宮本さんの弟)が後を継ぐことになっています。昔は演舞場の幕あいなどに出演者が来てくれたりして、黙っていてもにぎわったのですが、今はそうもいかない。チェーン店も増えていますからね。

おやじとは今はすごくいい関係だし、大事な存在です。生前のおふくろには言えなかった「愛しているよ」をおやじに連発しています。おやじの笑顔が好きなんです。(聞き手 喜多由浩)

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