昨年7月に認知症であることをテレビ番組で公表した漫画家でタレントの蛭子能収さん(73)。レビー小体型とアルツハイマー型を併発している初期の認知症で、物忘れや幻視の症状が出るときもあるが、毎日3食しっかり食べ、週刊誌の連載など仕事もこなしている。
「認知症って言われたけど、前とあんまり変わらない。そのうち、がーっと悪くなるような気もするけど。でも、今のところは何か困ったということはない。そんなに病気したって感じはしないね。ほんとは病気じゃないかもしれないよ(笑)」
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本書は、認知症と診断されてからの蛭子さんのエッセーに加え、妻の悠加さんが体験した介護のリアルや認知症介護の先輩からのアドバイスなども盛り込み、認知症家族のための指南書となっている。
悠加さんが蛭子さんの様子がおかしいと気付いたのは平成29年、寝ているときに突然たたかれたのがきっかけだった。翌朝には何事もなかったかのようにしていたので「寝ぼけたのだろう」と思ったが、実はこの行動はレビー小体型認知症が発症する数年前から見られる「レム期睡眠行動異常症」だった。これ以降、異常発汗や夜間頻尿、幻視などの症状が出るようになる。幻視では、洗濯物を入れたカゴを見て悠加さんが倒れていると叫んだり、デパートの売り場で電車が走っていると大騒ぎしたりしたこともあった。
そんな状況でも蛭子さんは仕事をこなせていた。心身ともに参ってしまったのは悠加さんの方だ。精神的なものからくる急性胃腸炎になり救急車で4度病院に担ぎ込まれ、死んでしまおうという考えがつねに頭をよぎっていたという。
認知症と診断が出たのは昨年1月。公表後に仕事はなくなる予定だったが、お金が稼げなくなることを知った蛭子さんの落ち込みが大きく、悠加さんは働きたいという蛭子さんを支えていくことを決めた。
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認知症の公表は蛭子さんの意思でもある。ただ、公表したことで周りの空気が少し変わったような気がしている。言動は以前と変わらないのに、笑ってもらえなくなったのだ。
「おれは笑ってもらいたい。(認知症で)ボケておかしな行動や変な発言をしたとしても、その言動自体がおもしろければ、思う存分ツッコミを入れてくれてかまわない。遠慮して笑わないのはだめだよ」
内閣府の推計では65歳以上の高齢者の認知症は約600万人。高齢者の6人に1人が認知症で、もはや珍しい病気ではないが、認知症になるとたちまち何も分からなくなると思っている人は少なくない。
実は記者も、取材前は認知症になった蛭子さんと会話ができるのだろうかと思っていた。しかし、この考えは杞憂(きゆう)だった。これまでに2度、蛭子さんに取材したことがあり、3度目の今回は、多少返答に時間がかかるときがあるものの、これまでとさほど変わらなかった。
変わったのは、少し真面目になったことだろうか。競艇でもうけたら「貯金する」(「3つのQ」参照)とは、以前なら絶対言わなかっただろう。
「今考えると、前があまりにもひどかった。これぐらいまともにならないと、ちょっとまずいよ」
ありのままの姿を見せて、稼いでいきたいという蛭子さん。あまり真面目になると蛭子さんらしくないような気もするが、それがありのままならしようがない。「なんか真面目になっちゃいましたね」とツッコミを入れると、「てへへ」と以前と変わらない照れ笑いが返ってきた。
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3つのQ
Q今一番楽しいことは?
公園で子供が遊んでいるのを見ること。子供がこけたり迷子になったりしないかな、そしたら俺が助けにいくのにと思って見ている
Q行きたい場所は?
公園、じゃ小さすぎるかな?(マネジャーさんが「昔よく行っていた海外のカジノは?」と聞くと)今は全然行く気しない。だってお金を稼がないといけないから
Q競艇でもうかったら何に使う?
なるべく今は貯金したい。あとは3人(妻とマネジャーと自分)で焼き肉とか食べておいしかったって言いたい。ちょっと寂しいね
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えびす・よしかず 昭和22年、熊本県生まれ、長崎市で育つ。長崎商業高校卒業後、看板店やちり紙交換などを経て漫画家に。タレントや俳優としても活躍し、競艇好きでも知られる。著書に『ひとりぼっちを笑うな』など。