7月末の完了を目指し、急ピッチで行われている高齢者への新型コロナウイルスワクチン接種。大規模接種会場を設置しての集団接種や、かかりつけ医による個別接種が進む中、寝たきりなどで接種場所までの移動が困難な高齢者への訪問接種もようやく進みつつある。ただ、通常診療を担いながらの接種には負担が伴うことから、どこまでの医療機関が対応できるのかは未知数だ。
「今から打ちますからね」。今月1日午後、奈良県桜井市の西本睦雄(むつお)さん(69)の自宅で、「菊川内科医院」(同市)の院長、菊川政次(まさじ)医師(63)が声をかけながら、西本さんにワクチンを打った。
医院では、接種会場まで行くことが難しい65歳以上の在宅患者18人に対し、6月末までに米ファイザー製ワクチンの1回目の接種を計画。菊川さんが通常診療や個別接種の合間の4、5時間を使って、それぞれの自宅を訪問し接種するという。
ファイザー製ワクチンは原液を希釈後、6時間以内に使い切る必要があり、一刻も無駄にはできない。
この日は午後1時ごろに医院から徒歩5分ほどの西本さんの家につくと、すぐに問診へ。西本さんは病気により3年前から寝たきりとなり、言葉を発するのが困難だ。
菊川さんは問診票を見ながら、妻の千津子さん(69)に体調面を確認する。普段から往診し、アレルギー歴や服用している薬も把握済みのため、スムーズに終わり、到着から5分ほどでワクチンを打った。接種を見守った千津子さんは、「いつも診てもらっている先生なので、安心です」とほっとした様子で話した。
在宅で介護を受ける高齢者にとってこうした訪問接種は頼みの綱だが、医療機関側の負担は大きい。
接種後は経過観察のため最低15分間、待機する必要があり、「移動時間も考慮すると、1日6人が限度だ」と菊川さん。移動する際にはワクチンの温度管理や振動にも気を配る必要がある。接種対象の人数が増えれば、通常診療への影響は必至だ。また、当日キャンセルが出た場合、急遽(きゅうきょ)接種希望者を探すのは難しいという。
医療機関側の使命感で成り立っているとも言える訪問接種。桜井地区医師会会長をつとめる菊川さんはこう強調する。
「自力で接種場所に行けない高齢者やその家族に安心してもらうため、できる限りのことをしたい。地域の医療機関が協力して訪問接種体制を整備していきたい」
孤立する高齢者 実態把握が急務 チームでの訪問接種必要性も
施設へ入所しておらず、自力で接種会場まで行くことができない高齢者への接種について、多くの自治体では主治医による訪問接種を想定している。しかし、かかりつけ医や頼れる身内が近くにおらず、自宅で孤立している高齢者も一定数いるとみられ、訪問接種を希望する人の実態把握は容易ではない。
奈良県桜井市の担当者は「訪問接種を必要とする高齢者がどの程度いるのか、把握する手段をこれから検討したい」と話す。ある政令市の担当者は「どれぐらいの医療機関が訪問接種に対応できるのか、希望者がどの程度いるのかも分からない。今後の課題だが、どこまで手が回るか…」と頭を抱える。
厚生労働省によると、65歳以上の高齢者約3600万人のうち、日常生活に支障があるとして要介護(要支援)の認定を受けている高齢者は約670万人に上る。
淑徳大の結城康博教授(社会福祉学)は、「自治体は地域のケアマネジャーと連携し、訪問接種が必要な高齢者を洗い出すべきだ」と指摘。かかりつけ医任せではなく、地域ごとに医師や看護師らの「訪問接種チーム」をつくることを提案する。また、感染リスクを下げるため、「高齢者を介護する同居家族などを優先的に接種することも考えるべきだ」と話している。(田中一毅、桑島浩任)