【勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(241)】エースの涙 見せ球多投、左打線につけ込まれ - 産経ニュース

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勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(241)

エースの涙 見せ球多投、左打線につけ込まれ

近鉄打線につかまった阪急のエース山田久志
近鉄打線につかまった阪急のエース山田久志

さぁ、西本近鉄とのプレーオフである。近鉄の先発は井本。阪急は後期だけで13勝(1敗1S)を挙げたエース山田が満を持してマウンドに上がった。だが、いつもの山田ではなかった。今シーズン中〝見せ球〟にしていたナックルを異常なほど多投。そこを近鉄の左打線につけ込まれた。

◇第1戦 10月13日 大阪球場

阪急 000 000 010=1

近鉄 000 210 11×=5

(勝)井本1勝 〔敗〕山田1敗 (S)山口1S

(本)小川①(山田)栗橋①(山田)

近鉄は四回、1死二塁にナックルで死球を受けた栗橋を置き、永尾が右中間へ先制の三塁打。梨田の中犠飛でこの回、2点を奪うと五回には1死一、二塁でマニエルが初球を右前にタイムリー。七回には小川、八回には栗橋が一発を放った。

「こんな山田を見るのは初めてや」とネット裏で『観戦記』を担当した野村克也(当時は西武)は思わずつぶやいた。

「山田はどうかしている。チェンジアップ(ナックル)を投げ過ぎや。124球のうち20球。調子が悪い―という意識があったにせよ、投げても10球どまり。20球は多すぎる。6安打のうち4本が左打者。55球投げて16球がナックル。これではタイミングを外そうとしても、相手は乗ってくれん」

さすがにノムさん。そんな細かいとこまで…と驚いたが、たしかにその通りである。

「左に対する攻めに大胆さを欠いた。大事に行き過ぎたくせに走者を出して甘い球…オレは何をやってるんだ。今から反省しても仕方ないか…」

よっぽど悔しかったのだろう。いつもは見せない涙を山田はタオルで拭った。

四回、西本監督は打席に向かう永尾を呼び止め「どこに打とうかなんて思うな。きたタマを思いっ切り打てばええ」と声を掛けた。

永尾泰憲、昭和25年5月2日生まれ、当時29歳。いすゞ自動車から47年のドラフト1位でヤクルト入団。西本監督が「どうしても欲しい」とマニエルと一緒に獲得したことしの新戦力。勝利の〝運〟が近鉄に傾きかけていた。

「第1戦がすべてなんて考えていない」。梶本監督は言葉を絞り出した。(敬称略)