【話の肖像画】演出家・宮本亞門⑱ 「太平洋序曲」開いた世界 - 産経ニュース

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話の肖像画

演出家・宮本亞門⑱ 「太平洋序曲」開いた世界

第12回高松宮殿下記念世界文化賞授賞式後のカクテルパーティーで談笑する受賞者のスティーヴン・ソンドハイム氏(左)と談笑。右は麻実れいさん=平成12年10月、明治記念館
第12回高松宮殿下記念世界文化賞授賞式後のカクテルパーティーで談笑する受賞者のスティーヴン・ソンドハイム氏(左)と談笑。右は麻実れいさん=平成12年10月、明治記念館

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《平成12年、大きな転機となる作品を演出した。『太平洋序曲』。ペリー来航など幕末の日本をテーマにして、米ブロードウェーの巨匠、スティーヴン・ソンドハイム氏の音楽、ジョン・ワイドマン氏の脚本で1970年代半ばにアメリカで初演されたミュージカルである》

日本のテレビで放映された、アメリカ上演版舞台の映像の一部を見たのがきっかけでした。ソンドハイムさんは前から大好きだったし、全編のビデオを取り寄せて観(み)てみたら、実にこれが興味深い。

「日本が題材なんだ」ってすごく驚いたのです。これを日本に持ってきて、改めてつくり直してみたら面白いものになるだろうな、って。そのときは、まさか自分がやることになろうとは思いもしません。

《少し前、東京・初台にオペラやバレエを上演する新国立劇場がオープン(平成9年)。12年には演劇の芸術監督に演出家の栗山民也(たみや)氏が就任した》

最初、僕は栗山さんに、三島(由紀夫)の戯曲『癩王(らいおう)のテラス』をやらせてくれないか、と持ち込んだのですが、さまざまな事情でダメになり、二転三転…。結局、〝代案〟として、ダメ元で『太平洋序曲』の話をしたのです。すると意外にも、栗山さんは「面白いじゃないか」って。僕はビックリして「えっ? ホントにいいんですか。(『太平洋序曲』は)ミュージカルですよ」って聞き返したくらい。小劇場とはいえ、国立の劇場でミュージカルが上演されることなど、当時は考えにくかったからです。だから、僕の『太平洋序曲』は、かなり奇跡的でした。

《宮本さんは〝歌舞伎風〟のアメリカ版とはまったく違うものをつくる》

アメリカで上演されたものは、2千人以上入る大劇場を使い、出演者は歌舞伎役者のような〝白塗り〟。舞台に大きな船などが登場して、スペクタクルなんです。この点でも歌舞伎に近い。一方の僕は、シンプルで美しいソンドハイムさんの旋律を生かした〝能舞台版〟をつくりたいと考えた。薪(たきぎ)能のような舞台設定にして、その「上」が日本というわけですね。ワダ・エミさんにお願いした舞台衣装も素晴らしかった。

そのとき、ソンドハイムさんが日本に滞在していたのはまったくの偶然。その年(第12回)の高松宮殿下記念世界文化賞を受賞(演劇部門)した彼は、授賞式に出席するために来日していたのです。脚本のワイドマンさんも偶然、日本にいた。同賞の審査員を務めていた朝倉摂(あさくら・せつ)さん(舞台美術家)が、「2人を『太平洋序曲』の日本初演にお招きしたらどう?」って。

《2人は公演中日(なかび)ごろにやってきた》

僕はもうドキドキですよ。胃が痛くなって会いに行けない。結局、引っ張り出されてロビーでお目にかかることになりました。2人は僕が意外に若かったことに驚いたらしいけど、公演後に食事に誘われ、質問攻めに遭いました。「キミはなぜ、ブロードウェーのことを分かっているのかね」「ピーター・ブルック(英演出家)のセンスだ」と大喜びです。

(世界文化賞の)授賞式にキミも来い、といわれ、メディアの前でソンドハイムさんがビックリするようなことを突然、宣言しました。「これをニューヨークへ持っていきたい」って。(聞き手 喜多由浩)

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