池田小事件20年

被害者支援 考える契機に 「手探り」からの体制整備

犯罪被害者を支援する各機関の体制
犯罪被害者を支援する各機関の体制

児童8人が死亡、教員を含む15人が重軽傷を負った大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件から、8日で20年を迎える。事件は、加害者への捜査や処罰の陰に埋もれがちだった「犯罪被害者支援」の重要性が認識されるターニングポイントとなった。ある日突然、自身や家族が犯罪に巻き込まれ、体や心に傷を負った人に周囲や社会はどう向き合うべきか。「何もかも手探りだった」(関係者)という当時の取り組みとその後の変化、現在の課題を追った。

「警察としてできることがあるなら、何でも聞いてくるように」

池田小事件の直後、大阪府警は1週間前に導入したばかりの「被害者支援班」制度を初めて運用。緊急招集した職員約60人を、被害者の自宅などへ派遣した。

当時は多くの児童が病院に搬送され、情報も錯綜(さくそう)した。職務にあたった女性職員の一人は、「お子さんの状態も分からない中、家族には『警察として支援します。何なりといってください』と言うしかなかった」と振り返る。その後、約50日間にわたって事情聴取への同行や日常生活の手助けなど、付きっきりで関わったが、「あるべき支援とは何か、本当に手探りの状態だった」。

児童殺傷事件の当日、大阪教育大付属池田小の校門前に集まった報道陣ら。事件は犯罪被害者支援に目を向ける契機となった=平成13年6月8日、大阪府池田市
児童殺傷事件の当日、大阪教育大付属池田小の校門前に集まった報道陣ら。事件は犯罪被害者支援に目を向ける契機となった=平成13年6月8日、大阪府池田市

民間支援団体「大阪被害者相談室」(現・NPO法人大阪被害者支援アドボカシーセンター)の楠本節子さんも事件直後、「何かできることはないか」と府警に連絡。心のケアについてまとめた冊子を夜通しで2千部製作して保護者会で配布したり、教員と一緒に児童や保護者の話を聞いたりする中で、「被害者にどんな支援が必要なのか、事件を機に明確になっていった」と話す。

遺族の思い尊重

当時、被害者支援の具体的な手法の確立や各機関の連携は十分とはいえず、被害者自身の要望は後回しにされがちだった。ただ、池田小事件では専門家らがコーディネーター(調整役)として加わり、道筋をつけることにつながった。

常磐大(茨城県水戸市)の長井進名誉教授(被害者学)は、校舎の改築問題が持ち上がった際に遺族から依頼を受けて、遺族の意見の代弁を担当。水戸-大阪間を何度も往復し、「子供たちの最期に関する記憶を消さないために改築しないでほしい」という遺族の思いを伝えたり、刑事裁判に備えて弁護士を遺族につないだりした。また、武庫川女子大の倉石哲也教授は、ソーシャルワーカーとしてある遺族の心のケアや生活を支援。支援に入った専門家が共通して最も重視したのは、「遺族の主体性を尊重すること」だった。

「突然の事態に、無力感にさいなまれる被害者は多い」と倉石氏。「自分で自分のことができる、意思決定するという自己効力感を持つことが被害者らの心の回復につながる」と話す。

支援者の育成急務

事件後、犯罪被害者を支援する体制の整備は進んだ。最大の転機は、3年後の平成16年に制定された「犯罪被害者等基本法」だ。〝お恵み〟で支援を受けるしかなかった被害者が、権利の主体と明記されたことに、大阪被害者支援アドボカシーセンターの楠本さんは「被害者の権利や尊厳が初めて明記された法整備の力は大きかった」と話す。

同センターは府警との連携を強化し、被害者側の承諾を得た上で、被害者の氏名や事件について府警から情報提供を受ける仕組みを構築。早期支援が可能になった。

訂1_C犯罪被害者支援の歩み0601C
訂1_C犯罪被害者支援の歩み0601C

府警も昨年10月、被害者支援に関する教育を受けたり、支援経験のある職員約1200人をリスト化。一昨年の京都アニメーション放火殺人事件を機に、複数の被害者が想定される事件に円滑に対応できる体制を整えた。検察や自治体、医療機関などでも、体制整備は着実に進んでいる。

ただ、長井氏はこう指摘する。「重要なのは支援する側が、被害者が回復するためのプロセスや困難などを理解しているかどうか。法律や制度が整っても一方的では意味がなく、支援する側の理解を広める必要がある」。楠本さんも「支援者の育成は急務。自治体でばらつきがある支援の格差を減らしていくべきだ」と話している。(北野裕子、西山瑞穂)

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