ワクチン参入も視野、シルクの意外な使い道

ユナイテッドシルク社長の河合崇さん(左)とマネージャーの河野秀正さん
ユナイテッドシルク社長の河合崇さん(左)とマネージャーの河野秀正さん

伝統のシルク産業復活を目指す産官学のプロジェクトが愛媛県で始まった。かつては世界一の生糸生産国だった日本だが、安価な外国産などによって国内のシルク産業は絶滅の危機にある。愛媛では「伊予生糸(いよいと)」と呼ばれる、高い品質の生糸を生産してきた歴史があり6月1日に、松山市に愛媛シルクの魅力を発信するショールームをオープン。バイオ分野への参入やワクチン製造をも見据えるプロジェクトでシルク産業の再興を狙う。関係者は「観光客や地元のみなさんに『愛媛はみかんだけじゃない』と伝えたい」と意気込んでいる。

シャンプーやリンス、ボディソープ、ボディクリームなどの商品
シャンプーやリンス、ボディソープ、ボディクリームなどの商品

シルクの可能性

ショールームは、松山市の松山城近くにあるロープウェイ商店街に開設。PR拠点として、シルク商品のテストマーケティングなどを行う。

運営は、地元自治体や愛媛大農学部、松山大薬学部、民間企業が集まって結成された「愛媛シルク協議会」の中核企業「ユナイテッドシルク」が担当する。

ショールームでは、関連商品のシャンプーやボディーソープ、ハンドクリームなどを展示販売。シルクには保湿力があるため、シャンプーでは髪のボリュームが出るという。育毛剤や入浴剤もこれから開発していく方針だ。

同社マネージャーの河野秀正さん(40)は「コロナ禍で困っている事業者は多い。一緒に商品を作り、販売していきたい」と話した。

 愛媛シルクショールームの店内=松山市
愛媛シルクショールームの店内=松山市

かつては輸出の主力

国内のシルク産業は、明治から昭和初期まで日本の総輸出額の50~30%を生糸・絹織物が占めるほどだったが、化学繊維の登場や世界不況で米国への輸出が激減。第二次世界大戦によってさらに打撃を受けた。

戦後は盛り返した時期もあったが高度経済成長で生産コストが上がり、中国産との価格競争に敗れて衰退。現在では国産絹織物に占める国産原料生糸は2%程度にすぎないという。

愛媛県内の養蚕農家はこの25年間で95%減少し、西予市に7軒、大洲市に2軒が残るだけだが、愛媛県の西予市産は「伊予生糸」と呼ばれ、品質の良さは折り紙付き。海外でも高く評価され、かつては伊勢神宮や皇族の御料糸として採用されていたほどだった。

ユナイテッドシルクの河合崇社長(47)は大阪府生まれで、住友商事に入社し、繊維原料部で働き、以前からシルクの秘めた可能性を感じていたという。

妻の家族が繊維会社を経営していたことから退職して愛媛県今治市へ。平成28年、ユナイテッドシルクを立ち上げた。「『衰退産業をいまさら』といわれることもありますが、地域に活力を与えるのは『よそ者、若者、ばか者』といいますから」と河合さんは語る。

起業にあたって注目したのは「きびそ」という蚕が繭をつくるとき、最初に吐き出す絡まった束状の糸だ。きびそは、いわば副産物で通常は使用されず捨てられるが、これを活用。タオルやスカーフ、ボディーケア商品などに加工した。

 カイコが繭を作るとき、最初に吐き出す「きびそ」と呼ばれる束状の糸(手前)
カイコが繭を作るとき、最初に吐き出す「きびそ」と呼ばれる束状の糸(手前)

目指すはワクチン

愛媛シルク協議会は今後の展望として、60以上もの産業分野を目指している。繭の主成分の絹繊維「フィブロイン」を抽出・精製し、パウダーや溶液にして加工。化粧品、食品向けの原料とする。

また、フィルム状、ナノファイバー、スポンジ状にすれば、バイオマテリアルとして再生医療用の材料となる。皮膚や骨の再生、角膜、血管、心臓の治療に役立てることができるとしている。

さらに、インフルエンザワクチンが鶏卵を使って製造されているように、蚕を生物工場として活用し、ワクチンを作ることも視野に入れているという。

河合さんは「シルクには5千年の歴史があり、さまざまなことができることを証明したい。シルクが売れれば、養蚕にかかわる人も増える」と話していた。(村上栄一)

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