話の肖像画

「ガツンときた沖縄」を映画に 演出家・宮本亞門⑰

《沖縄への思いはどんどん加速。平成11年、沖縄本島南部の玉城(たまぐすく)村(現南城市)に家を建て沖縄の住民になった》


南部の海を望む場所。(沖縄戦の犠牲者を悼む地である)摩文仁(まぶに)の丘も見えました。沖縄の自然には「強い母性」を感じますね。僕は胎児のようになって海に浮かんでいるのが好き。風の音を聞きながら、ボンヤリしていると、巨大なものに温かく包まれているのです。

固まっていた脳がふわっとなって、「お前の世界なんて小さいぞ。大きな宇宙の中の一部にすぎないんだ」ということを思い知らされますよ。


《事情があって沖縄の家は少し前に売却したが、今も〝沖縄通い〟は続く》


年に2、3回くらいでしょうか。1回行くと、10日から2週間はいたい。僕の犬も沖縄出身。リードを外して気持ち良く浜辺を走っている姿をみたら、「やっぱりこっちの子なんだ」と思いますねぇ。

沖縄への思いは変わりません。「教わったこと」は多いんです。東日本大震災のときも、今度の新型コロナ禍でも…沖縄の人は根源的なことを言う。あるおばあは「とにかくタネを植えろ」って。「まず植えろ。そうすれば実がなる。必ず生きていけるんだ」と。

沖縄へ通ったり、家まで建てたり、地元の人たちとは随分親しくなったけど、あくまで僕が外部の人間なのも事実でしょう。「沖縄の人」になろうなんて傲慢だと分かりました。違う文化・歴史としてリスペクトすればいいのです。(聞き手 喜多由浩)

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