話の肖像画

「亞門はタレント」…陰口に苦悩 演出家・宮本亞門⑮

僕としては子供のころから、日本の伝統芸能が好きだったけど、そうしたものを全部、一回封印して、〝西洋もの〟を聞き、心が開かれた。それらと向き合うことだけを考えてきたつもりでした。正直言って、当時の演劇界では〝日本人がつくる日本もの〟のミュージカルなんて、やらせてはくれませんでしたしね。まず、求められていないし、お客さんも入らない。僕もその流れに〝乗っかって〟いたことは否定できません。

でも外国へ行けば、僕らはやはり日本人、アジア人としてみられます。そのアイデンティティーで「何がやりたいの?」と聞かれて答えられないと尊敬はされません。スポーンと〝何かが抜けていた〟ような思いがしましたよ。

《英ロンドンへ遊びに出かけていたとき、中国で天安門事件が発生(1989年)する。パブで見知らぬイギリス人から「隣国(中国)で今、何が起きているのか分かっているのか」と絡まれた》

相手は酔っ払いだし、天安門事件なんて関係ないよ、と言って店を出たのですが、ホテルに帰ると、テレビがガンガン、ニュースを伝えている。新聞を見たら、中国政府が事件に関わった学生を逮捕するため、「通報用の電話番号」が載っていた。その番号へどんどんかけて回線をパンクさせよう、と呼びかけているのです。遠いロンドンでもこんな運動をしている人たちがいるのに、アジア人の僕らはいったい何をしているんだろう? って思いましたよ。

《30代半ば、そうしたモヤモヤを舞台にぶつけるチャンスがめぐってきた。3年連続でオリジナルの作品を上演する。それをアジア3部作と位置付け、最初に天安門事件をテーマに取り上げることに決めた》

(聞き手 喜多由浩)

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