文芸時評

6月号 漱石連想させる写生文 早稲田大学教授・石原千秋

早稲田大学教授 石原千秋
早稲田大学教授 石原千秋

ワクチン狂騒曲と東京オリンピック狂騒曲とが同時に鳴り響いている。

ワクチン接種は大混乱だが、気の毒なのは、学校の教職員だ。他にも感染の危険のある職種はいくつもあるだろうが、決定的に異なっているのは文部科学省から対面授業の要請が出ていることだ。都市部では40人すし詰めの教室では恐怖を感じるという声も聞く。大学はオンライン授業が定着しているからまだいい。医療従事者の次には保育園、幼稚園、小中高の教職員に優先接種すべきだ。それなら65歳の僕も黙って待つ。

五輪組織委会長だった森喜朗氏の「口が裂けても言えない」発言の「言えない」内容は、文脈上は中止か延期だったから、あの時期には選択肢にあったのだろう。森会長が女性蔑視的発言で失脚してからのIOCの横暴は目に余る。日本でIOCと互角に渡り合えるのは彼しかいなかったのだろう。バイデン政権の影響もあるが、あの失脚以来、女性が重要ポストを占めていない国は国際社会で相手にされないことがわかっただけでも、長期的には得るものがあった。それでも、いまの体たらくを見ていると短期的には損失が大きかったようだ。

ワクチンは来ない、オリンピックは来る。日本の国際的な地位がかくも低下したのだ。これは政権だけの問題ではない。そういう政権を選び続けた日本国民の問題だ。

群像新人文学賞は、石沢麻依「貝に続く場所にて」と島口大樹「鳥がぼくらは祈り、」。

「貝に続く場所にて」は夏目漱石『夢十夜』を本歌取りしている。漱石を連想させる言葉もちりばめられている。『夢十夜』の「第一夜」は死んだ女の墓を「貝」で掘って百年待つ話。結末で再会できたのかできなかったのかは意見が分かれる。「第三夜」は、背負った目の見えない子供に、自分は百年前にここで人を殺したのだと自覚させられる話。これらでテーマはわかる。

当時、9年前の東日本大震災で亡くなって幽霊となった野宮が「私」の住むゲッティンゲンを訪れ、共に過ごす時間が精密に書き込まれる。はじめの方の「私は野宮から嗅覚の情報を遮断しようとしていた。彼から潮の匂い、さらには死の絡みつく匂いがあるのではないかとずっと恐れていた」という一節と、後半のトリュフを見つけるのが上手な「トリュフ犬がいれば、と考える。海から戻ることのない野宮の身体を見つけることはできるのだろうか」という一節は対応している。これがこの小説の出来事のすべてだ。

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