新聞に喝!

五輪開催可否、正しく世論喚起を インド太平洋問題研究所理事長・簑原俊洋

五輪マークのモニュメント。奥は国立競技場=東京都新宿区
五輪マークのモニュメント。奥は国立競技場=東京都新宿区

緊急事態宣言の延長や地域追加で、多くの人の頭をよぎったであろう東京五輪・パラリンピックの行方。この状況下でも果たして開催は可能なのか。国際オリンピック委員会(IOC)は、緊急事態宣言下でも開催は可能だと無責任なことをいうが、彼らにとって日本人の命などさほど優先事項ではない、とでもいいたいのだろうか。実情は判然としないが違約金との兼ね合いで中止の判断を日本政府にさせたいとの印象を抱かせる。

政府にも、対コロナ禍政策の成功を五輪開催と結び付け、何が何でも開催させるという意気込みがチラつく。それどころか最近では日本経済を犠牲にしてまで五輪に軸足を置く姿勢が鮮明となっている。与党議員が秋の選挙を意識しているのはいうまでもない。それゆえ、自衛隊の医官と看護官の五輪派遣さえも検討するありさまである。ここまでして五輪開催に固執するのは正しい国家的選択なのか。

重症者数が過去最多を更新するなか、日本のメディアは賛否両論を示す。産経に五輪を開催しない代償を考える必要性を訴える論調がある一方、他紙では単なるスポーツ大会―一大祭典ではあるが―のために命が奪われていいのかという議論も展開されている。日本政府が五輪中止を決定すれば莫大(ばくだい)な違約金が発生することを指摘するメディアもあったが、国民の命を顧みれば違約金のために五輪開催という理由は成り立たない。

河野太郎ワクチン担当相の発言が胸に突き刺さった。緊急事態だというのに、役所は平常運転の感覚で動いているといった趣旨の言葉だったが、五輪開催の可否をめぐる政策決定過程も、無意識に平時を前提としてはいまいか。冷静に考えれば、少なくとも1回接種を受けた人の割合が3・9%という経済協力開発機構(OECD)加盟37カ国中の最低水準(21日付産経)で五輪を開催しようとする考えこそが荒唐無稽だ。本当に五輪を開催したかったのなら、ワクチン開発と接種を早期の段階で全力投入すべきだったのである。

そもそも、五輪開催の可否の判断は政府ではなく、世論にあるべきだ。なぜならば国民によって歓迎されない五輪の開催は意味を有さないからである。不完全な五輪のために国民の命と経済を犠牲にしてまで開催する必要はあるのか。政治的利益ではなく、国益の観点に立てばおのずと答えは導き出されよう。メディアもこうした視点から世論を喚起し、国策を正しい方向へ導いてほしい。

【プロフィル】簑原俊洋

みのはら・としひろ 昭和46年、米カリフォルニア州出身。カリフォルニア大デイビス校卒。神戸大大学院博士課程修了。博士(政治学)。同大学院法学研究科教授。専門は日米関係、国際政治。

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