話の肖像画

演出家・宮本亞門(63)(11)おふくろから受け取ったバトン

最愛の母・須美子さんと
最愛の母・須美子さんと

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《出演予定のミュージカル『ヘアー』の初日前日に母、須美子さんが脳溢血(のういっけつ)で急死した》

おふくろは64歳、あまりにも突然の別れでした。おやじに聞くと、(僕の出演に)あまりに興奮しすぎて、その夜は持病の高血圧の薬を飲み忘れたというのです。おふくろが知り合いたちに「ウチの息子が出るの。観(み)に来てよ」と声を掛けていたことも知りました。

臨終のとき、おやじはおふくろの頭をいとおしそうに抱き、そっと頰にキスをしました。それまでのおやじは酒に酔ってはおふくろに暴力を振るったり、浮気をしたり、さんざんおふくろを苦しめてきたので、「殺してやりたい」ほどおやじを憎んだこともあったのですが、その光景を見て、すべてを許す気持ちになりましたね。

おふくろが亡くなったとき、すごく後悔したことがあります。それは、おふくろを抱きしめて「ありがとう」という機会を永遠に失ってしまったこと。生前、恥ずかしがって感謝の気持ちを伝えられなかったことが悔やみきれません。

《須美子さんが一回り年下の父、亮祐(りょうすけ)さんと結婚したのは40歳のとき、再婚だった。2人は喫茶店を始める》

おふくろのすごいところは、どんな人にもニコニコとして接していたこと。本人は持病(肝硬変)でつらいはずなのに明るい笑顔を振りまいて、「今日は何飲んでゆく?」なんて声を掛けている。「(お客さんが)せっかくコーヒーを飲んでくれているのだから楽しい方がいいじゃない」ってね。僕は分け隔てなく、誰にでも頭を下げることができたおふくろの態度は素晴らしいと思います。

《須美子さんからは「命」と、ショービジネスで成功してほしいという「思い」のバトンを受け取った気持ちでいる》

僕は舞台が好きでダンサーとして踊っていたから、ショービジネスの世界で成功してほしいという思いはあったでしょうね。ただ、演出家だけは「やめた方がいい」って。僕は引っ込み思案だったからね。一番心配したのも母でした。