歌舞伎俳優、片岡秀太郎さん死去 - 産経ニュース

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歌舞伎俳優、片岡秀太郎さん死去

歌舞伎俳優の片岡秀太郎さん=令和元年7月16日、(南雲都撮影)
歌舞伎俳優の片岡秀太郎さん=令和元年7月16日、(南雲都撮影)

上方歌舞伎のベテランで人間国宝の片岡秀太郎(かたおか・ひでたろう、本名=片岡彦人=かたおか・よしひと)さんが23日、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患のため、死去した。79歳だった。葬儀・告別式は家族葬で執り行った。喪主は妻、麻紀(まき)さん。

昭和16年、上方歌舞伎の再興に尽力した人間国宝、十三代目片岡仁左衛門の次男として生まれ、21年、京都・南座で片岡彦人の名前で初舞台。31年、大阪・歌舞伎座「河内山(こうちやま)」の浪路(なみじ)で二代目片岡秀太郎を襲名した。

戦後、上方歌舞伎が低迷してからも関西に本拠を置き続け、はんなりした上方のにおいのする女形として活躍。「封印切」の梅川やおえん、「河庄(かわしょう)」の小春など上方の女をはじめ、近年は「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」の覚寿(かくじゅ)、「盛綱陣屋(もりつなじんや)」の微妙(みみょう)など老女の大役にも存在感を発揮した。

平成4年には片岡愛之助さんを養子に迎え、9年に大阪で開塾した「松竹・上方歌舞伎塾」で主任講師を務めるなど後進の育成にも力を注いだ。

最後の舞台は令和2年12月、南座の「熊谷陣屋」の藤の方だった。兄は片岡我當(がとう)さん、弟に片岡仁左衛門さん。令和元年に人間国宝。