「みんなが得意なことや個性を生かし合えるのが、サーカスのいいところ」。日本初のソーシャルサーカスカンパニー「スローサーカスプロジェクト」の代表でクリエーティブプロデューサー、栗栖(くりす)良依(よしえ)さん(43)は、障害者と健常者が垣根なく演目に挑戦するサーカスから多様な社会の在り方を提示している。共生社会に向けて「こういうふうになったらみんな生きやすいのではないか」と、サーカスを通して理想の生き方を伝えている。
ソーシャルサーカスは貧困、麻薬、性差別など社会的課題を抱えている人に対して、社会へ参画するスキルを身につけてもらうことを目的とするプログラム。同プロジェクトでは、障害の有無を問わず参加できるワークショップを都内などで定期的に開催している。
4月には、野外公演「True Colors CIRCUS T∞KY∞(トーキョー)~虫のいい話~」が予定されていたが、緊急事態宣言により中止。収録した公演を、6月1日から同プロジェクトの公式ユーチューブチャンネルなどで配信する。
帽子を使ったジャグリングを披露するダウン症の女性、空中につるされたリングで演技するエアリアルに挑む脳性まひの女性など、さまざまな背景を持つ約40人の演者が参加した。架空の森に迷い込み、虫たちと出合うストーリーには、湧き上がる人間の野性味や生命力を表現した。
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1994年リレハンメル冬季五輪の開会式を見て、「平和活動をやりたい」と志した栗栖さん。イベント運営や演出の経験を積んだが、骨肉腫を患い、右下肢機能全廃の障害を負った。障害者福祉の世界に触れたことから、平成23年に同プロジェクトの母体となるNPO法人「スローレーベル」を設立。2016年リオパラリンピックや東京五輪・パラ開閉会式にもステージアドバイザーとして携わり、病気で一度は断念した夢を実現させた。
障害者と作るサーカスは、平成26年に総合ディレクターを務めた「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」で取り組み始めた。参加者が「心も体もポジティブに変化した」ことからサーカスが人を変える効果を実感。より深く実践しようと、ソーシャルサーカスをサーカス集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」などから学んだ。
「人に見せるレベルで作ることがポイント」と、公演として披露することにこだわっている。自己満足で終わらせず一生懸命練習に励み、仲間との信頼関係を深めることが、より成長につながるからだ。コミュニケーションが苦手だった参加者が挨拶を交わせるようになるなど、変化は日常生活にも起きる。それぞれの特技を生かすことで「障害があっても自分なりの表現ができるんだ」ということを体験してほしいという。
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「障害がなくても生き辛さを抱えている人がこの社会には多い」と栗栖さん。障害者となったことで「みんなと同じになれるわけがないと開き直れた」経験から、同調圧力や、常識に押さえつけられる社会の傾向が要因だと考えている。
理想は「障害の有無に関係なく、一人一人が生きやすい社会」。人と違うことが優位性になり、さまざまな個性が混ざり合うソーシャルサーカスの世界を「見て、体験できるプログラムを考えていきたい」と、触れてもらう機会をさらに広めていく。(鈴木美帆)