地方変動 第2部③

ミナミ観光も自宅リビングで 蒸発した4千万人を埋める一手

その数、4千万人。政府の目標では昨年、これだけのインバウンド(訪日外国人客)が日本へ押し寄せるはずだった。だが、新型コロナウイルス禍でその流れは止まった。〝インバウンド蒸発〟の穴を埋め、観光産業や地域の社会、経済をどう盛り上げるのか、模索が始まった。

「今から超有名なグリコの看板を見に行きます。さて、どっちの足が上がっているでしょう」

昨年11月、大阪・ミナミの観光名所・戎橋(えびすばし)。NPO法人「大阪観光ボランティアガイド協会」の内田宏子さん(64)が30代夫婦と娘、息子の4人家族を案内しながら話しかけた。

といっても、4人がいるのは愛知県小牧市にある自宅リビングのテレビの前。内田さんが首にかけたカメラやマイク付き機器から送る動画や音声を、ビデオ会議システムで楽しんだ。

リアルタイムの動画で観光を疑似体験する「リモート観光」の実証実験の一コマだ。機器は、東京のベンチャー企業「フェアリーデバイセズ」が開発。実験を手がけたのは、三菱UFJ銀行などが大阪市内に開業したベンチャー企業の支援拠点「MUIC Kansai(ミューイックカンサイ)」だ。

「マグマ」。三菱UFJ銀の園潔特別顧問(68)はコロナで抑圧された観光需要のエネルギーをこう表現する。重要なのはこのマグマをどうつかまえるか。「リモート観光やドローン(小型無人機)を使えば、コロナ下でも新たな観光産業を生める」。園氏はこう語る。同時にオンラインで観光地の魅力を広く発信できれば「コロナ後、実際に足を運んでもらう」(内田さん)ことが可能になる。

県内客にシフト

インバウンドを増やし、観光産業や地域経済を強化することは政府の成長戦略の柱だ。令和元年にはインバウンドの数が3188万人まで増え、4千万人の目標達成は間近となった。

だが、コロナの直撃で2年のインバウンドは前年比約87%減の411万人と目標の約1割どまり。観光関連産業の打撃は大きく、東京商工リサーチによると、今月24日現在、コロナによる経営破綻件数のトップは飲食店で259件、ホテル・旅館は79件に上る。

各地のホテルは国内客、それも遠方客でなく近隣客の呼び込みにシフトした。感染が広範囲に広がるのを防ぐためだ。

「がんばれ栃木県! 栃木県民応援プラン」

鬼怒川温泉の日光きぬ川ホテル三日月(栃木県日光市)はこう銘打ち、県内に住む人を対象としたキャンペーンを始めた。宿泊客には館内レストランや土産物店で使える千円分のクーポン券をサービスしている。

国際金融都市でビジネス客を

コロナは海外からのビジネス人材の流れも止めた。各地ではコロナ後にコロナ前を上回るビジネス人材や金融機関、企業を呼び込み、飛躍につなげようという動きが出てきた。米ニューヨークや英ロンドンのような金融都市を目指す国際金融都市構想だ。

3月29日、大阪府庁。構想実現に向け、官民による協議会の会合が開かれた。「昨年は転入超過人口が東京23区を抜き、日本で一番人が入ってくるようになった。次はお金が集まることをスタートしたい」。大阪市の松井一郎市長(57)はこう語った。目指すのはアジアのデリバティブ(金融派生商品)市場を牽引(けんいん)する拠点。吉村洋文知事(45)は法人税や所得税を軽減する「金融特区」を創設し、企業や人材を誘致しやすくしたいと考える。

福岡市も国際金融都市を目指す。4月21日、シンガポールの金融企業が市内に拠点を設立すると発表した。国内外の未上場企業と投資家を引き合わせ資金調達を支援する金融企業だ。外資の進出決定は香港の資産運用会社に続き2例目となる。

そして大阪、福岡の先を行くのが首都・東京。「東京は日本の成長のエンジン。海外の資産も呼び込む流れをつくりたい」。こう公言する小池百合子都知事(68)は平成28年の就任以来、国際金融都市構想を成長戦略に掲げ、29~令和元年度の3年間で外資系35社の誘致に成功した。

海外からの人の流れは、カネとにぎわいを各地へ呼び込んできた。それが消えた今、どう代替し、どうコロナ後を見据えた種まきを行うのか。その戦略が地方の優勝劣敗を決めそうだ。


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