【話の肖像画】演出家・宮本亞門(63)(9)豹変した恩師からしごかれる(1/2ページ) - 産経ニュース

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話の肖像画

演出家・宮本亞門(63)(9)豹変した恩師からしごかれる

20代、振付師のころ
20代、振付師のころ

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《演劇の面白さに目覚め、やっと「居場所」を見つけた宮本さんは、玉川大学文学部芸術学科演劇専攻(当時)に進学する。ちょうど高等部入試から演劇部へとずっと導いてくれた先生が、大学の同学科教授に就任したことも、その決意を後押しした》


僕としては「さぁ、これから本格的に演劇をやるぞ」って意気揚々ですよ。ところが僕の進学先を知ったあの先生から、妙な年賀状が届いた。文面は「これからキミをしごく。殻を破って違う人間にする」というような趣旨だったと思います。ゾッとしましたね。

大学へ入学後、新入生歓迎会の場で、いきなり、たたかれ(批判され)ました。それも、コテンパンにです。

先生いわく、「宮本くんのやっていることは形だけ。全部噓だ。本物じゃない…」。みんなの前でそう言われたのがショックでした。それからも怒られて、怒鳴られてばかり。揚げ句、舌ったらずの喋(しゃべ)り方まで否定されて、「病院(耳鼻咽喉科)へ行け」とまで言われてしまいました。

僕としては戸惑うばかり。あれほどやさしかった先生がどうして? 僕のアイデアを先生が「面白い」と言ってくれたから、今の自分があるのに…。後になって考えると、「先生は僕のために言ってくださった。あれは愛情だった」と分かるのですが、当時は悔しくて、歯ぎしりを繰り返す毎日でした。


《大学1年生の終わりにミュージカル『ピピン』をめぐって、とうとう先生と決定的に衝突してしまう》


大好きな作品で、僕が上演を提案して全体を引っ張っていく役柄と振り付けを担当していました。米ブロードウェー版は映像で、日本で上演された草笛光子さんの舞台も観(み)ていましたし、僕なりにいろんなアイデアがアタマにあって、学生にもカッコよくできるように一生懸命にアレンジしたつもりだったのです。