改心して善人になろうと決意したが、どうしても悪縁を断ち切れない。そんなベルリン不法移民の葛藤に肉薄した映画「ベルリン・アレクサンダープラッツ」(5月20日、オンライン公開、独・蘭合作)は、自分の価値観=志と、それをはねつける現実とのギャップ―にどう折り合いをつけるのかを問いかける。アフガニスタン移民を両親に持つドイツ人監督、ブルハン・クルバニ監督(40)は「自分の生き方が本当に正しい選択だったのかを心静かに見つめ直す機会になればうれしい」と期待を込めた。(高橋天地)
赤い光で彩るベルリン裏社会
本作は、ベルリンの貧しい労働者の人生を活写したドイツの社会派作家、アルフレート・デーブリンの「ベルリン・アレクサンダー広場」(1929年)。
過去に罪を犯した男が悔い改め、いい人間になろうと誓うが、犯罪社会へと滑り落ちていく―。ストーリーラインは映画も同じ。クルバニ監督が舞台を現代ベルリンに移し、大胆な解釈と妖しい映像美で映画化。世界三大映画祭の一つ、ベルリン国際映画祭(2020年)でコンペティション部門に出品された話題作だ。
本作には不安をあおるような緊張感たっぷりの殺伐とした映像表現が散見され、それでいてどこかスタイリッシュ。冒頭の映像表現はその最たるものだろう。クルバニ監督は、暗闇に包まれた海で溺れかかった主人公フランシスと恋人に対し、色褪せた赤い光を照射し、カメラを逆さまにして撮影してみせた。
「赤い光はフランシスが抱える罪の意識を象徴したつもり。後にたびたび重大なトラウマを引き起こす引き金となる瞬間を捉えた映像でもあり、あえて思い切った斬新な表現が必要だった」とクルバニ監督。同時に、作品の底流にある、美しい都市、ベルリンの妖気の漂う退廃的な世界観を表現したかったという。
倒錯した映像美は危険な香りを放ちながら、視聴者をぐいぐいと物語に引き込む。
移民や難民への偏見を払拭したい
クルバニ監督がこだわったのが、原作の舞台と主人公の出自の変更だ。舞台は第一次世界大戦後から現代のベルリンへ、主人公は刑務所を出所したばかりの労働者から、外国から船で密入国した黒人の難民へ、化粧直しされた。
「難民や移民の苦労を描くならば、両親の体験談を重ねた方が、よりリアリティーに迫れる」。クルバニ監督は狙いを語った。
両親は旧ソ連のアフガニスタン侵攻(1979年)に伴い、安全な生活環境を求め、母国アフガニスタンからドイツに移民した経緯があった。
さらに黒人を主人公に選んだ理由は、義憤にかられて抱いた政治的野心によるところが大きい。
「ドイツ社会は黒人=犯罪者、クスリの売人と短絡的に結び付け、難民や移民のコミュニティーを露骨に無視する傾向がある。私はそんな偏見を払拭したかった」とクルバニ監督。
コミュニティーの声なき声に映画で〝顔や声〟を与え、登場人物をリアリティーたっぷりに仕立てれば「多くのジャーナリストは難民や移民の存在を無視ではなくなる」と踏んだ。
どう生きればいいのか
真っ当な人生を送ろうと努力するフランシス。目的を知らされずに引き受けた仕事が貴金属店の強盗の手助けだったことも…。悲しいまでに悪事との関わりを断てない。もし視聴者がフランシスと同様、全人生をかけて築き上げた自分の価値観と現実の間で生じた大きなギャップに苦しむことになったら―。
クルバニ監督のスタンスは「行けば分かるさ」のしなやかな精神だ。努力を重ね、挑戦と失敗を繰り返し、最後に映画監督という適職にたどり着いた自身の人生の軌跡は示唆に富む。
「私が映画監督になったのは、実はこの映画と関係がある。原作小説が高校の卒業論文の題材だった。それで2年間、小説の解釈に力を注いだが、当時はこの小説が嫌いで、うまく書けなかった」
その意味するところは、優秀な成績で高校を卒業できず、「アフガニスタンに戻って医師になってほしい」という両親の願いを断念すること。だがクルバニ監督はがっかりするどころか、対応は実に柔軟で、未練がましいところがない。
「医療の道に進めなくても、結果的に大好きな映画を勉強できる学校に進んだ。最終的には今回の映画化にもつながったわけです。もし映画の道に進まなければ、ビデオゲームの作り手になっていましたね」
20日からMIRAIL、Amazon Prime Video、U-NEXTでオンライン上映。 3時間3分。
■物語 主人公フランシス(ウェルケット・ブンゲ)は、アフリカから欧州を目指す不法移民。なんとかドイツにたどり着いたが、経済的に行き詰まる。やがて裏社会に生きる男、ラインホルト(アルブレヒト・シュッヘ)と知り合い、生活のために犯罪に手を染めていく。だがある女性との出会いを契機に、自らの現状を変えようと試みるが…。
■Burhan Qurbani(ブルハン・クルバニ) 1980年、ドイツ生まれ。主な監督作品は『SHAHADA』(2010年)、『ロストックの長い夜』(2014年)、『ベルリン・アレクサンダープラッツ』(2020年)など。