【話の肖像画】演出家・宮本亞門(63)(3)「銀座愛」コロナ禍で再認識(1/2ページ) - 産経ニュース

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演出家・宮本亞門(63)(3)「銀座愛」コロナ禍で再認識

母に抱かれて。銀座で育った
母に抱かれて。銀座で育った

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《東京・銀座育ち。この街には特別な思いがある》


両親は、新橋演舞場(東京都中央区銀座)のまん前で、喫茶店を経営していました。だから銀座の街角には、昔のいろんな思い出があふれています。

母親が老舗のおかみさんやオヤジさんたちと勝手口で立ち話をしていた光景や、母にひっついていった僕が、その横で猫と遊んでいたり…。デパートの松屋や松坂屋の屋上は、僕の遊び場でした。熱帯魚の水槽があったり、小動物もいましたね。当時は滑り台もあったんですよ。

なじみ深い場所だからこそ、これまでも銀座には取材で行くことが多かったし、イベントなどを通じて、街の人たちと仲良くさせてもらっていたのです。


《新型コロナウイルス禍に苦しむ銀座を元気づける「もの繫(つな)ぎ」「ひと繫ぎ」プロジェクト。宮本さんにも応援の声がかかった》


始めたのは、老舗和菓子店の3代目(斉藤大地氏)。あるとき「亞門さんも手伝ってください」と頼まれて、僕にできるのは〝起爆剤〟になったり、いろんな著名人に声を掛けることぐらいだよ…と言いつつ、手伝うことになったのです。

そして、もっとみんなが出会える場があってもいいよね、「ひとをつなげようよ」って始まったのが、ネットの中から映像でつなげていく取り組み。銀座を好きな人や銀座で生まれ育った人たちに、この街への思いをユーチューブで語ってもらうのです。


《苦境が続く飲食、観光、小売業…。「コロナ後」はなかなか見通せない》


銀座はこれからが大変だと思います。例えば、渋谷の東急みたいなデベロッパーがこの街にはいません。歴史がある分、そうした企業は入りづらいし、銀座の人たちも「対等」の立場でないと嫌がります。だから、再開発も難しい。

その分、銀座の良さが保たれてきた、とも言えますが、世の中、いろんなことが起きて、店が消えてしまったり、ギリギリの状態に追い込まれて危機感を持っている人は少なくない。