勇者の物語

茶番劇の真相 上司指令、阪神のメンツ 虎番疾風録番外編228

小林繁投手(左)が正式に入団し、阪神・小津正次郎球団社長と握手をする
小林繁投手(左)が正式に入団し、阪神・小津正次郎球団社長と握手をする

■勇者の物語(227)

「今は言えん」とかたくなに口を閉ざしていた小津社長が、騒動から13年後の平成4年、77歳になったとき「もうそろそろ話してもいいだろう」と真相を語った。聞いたのは筆者ではない。大先輩の水本義政記者である。

「社長はあんなむちゃくちゃなトレードなんて、本当はしたくなかったんだ。ちゃんと江川と契約して、協約通りに4月7日の開幕以降に…と考えていた」

水本先輩によれば、巨人が機構を脱退し、新リーグ結成をほのめかして各球団が揺れ始めていることも、小津には分かっていたという。それでもルールを守り、球界の秩序を守っていくことが、阪神の取るべき道だと信じていた。だが、それができなくなった。小津はこう回想したという。

「阪神としては組織をぶち壊すことはしたくない。そうこうしているときに、日本テレビの小林与三次社長から、直接、私のところに電話がかかってきたんだ。『正力オーナーは本気で連盟脱退を考えている。けれど、読売本社としてもそれは本意ではない。そこで、なんとか協力してもらえないだろうか』と小林との交換トレードを持ちかけられたんだ」

もちろん、小津の独断で「はい」とは言えない。阪神にも立場がある。逡巡(しゅんじゅん)した。すると数日後、電鉄本社の田中隆造オーナーから「巨人に協力してやれ」と指令が下った。本社サイドにも読売からの〝協力要請〟が入っていたのだ。

「小津さんもサラリーマンだからね。上司命令は絶対。ただ、阪神としてのメンツは保たなければならない。辛いところよ。それがあの〝茶番劇〟につながったんだよ」と水本先輩は分析した。

阪神のメンツを保つためには誰かに「球界繁栄のため」と言わせなければならない。小津は後でどんなに非難されようが弁解はしない―という覚悟で鈴木会長との会談を利用し、記者会見で「世間の批判と責任は会長とコミッショナーが取るといわれた」と公言。茶番劇を演じたのである。

阪神は5日に大阪・梅田のホテル阪神で小林の入団発表を予定した。ところが2日、突然、セ連盟から「8日の実行委員会終了まで、小林の支配下選手の公示はしない。入団発表は待つように」とストップがかかった。

(敬称略)

■勇者の物語(229)

会員限定記事会員サービス詳細