朝晴れエッセー

土俵の神様・5月18日

「にいちゃんらまた今日も相撲するんか?」「ああそやで、暑いのに稽古やねん」

労働者の町のど真ん中、警察署の近くに消防出張所がある。三角形の公園も近くだ。消防車があるガレージの奥に、太く大きな柱と相撲櫓とまでは呼べないが立派な屋根がある土俵がデンと構えていた。

この町の消防は当時、体育訓練として相撲を取り入れていた。相撲を通じて火事を消すための体力と恐怖に打ち勝つ「根性」をつけるためだ。

「おい! お前! 氷買うてこい。一貫目やで」「すみません…いっかんめってなんですか」「一貫目いうたら一貫目や!」

真夏の日中、勤務明けで疲労困憊の中、稽古のために、力水で満たした桶の中に入れる氷を新人の私は買いに行かされた。

急いで「一貫目」を買いに行き出張所に戻ると、ガレージの前には労働者風の男性が数人、まわし姿でぶつかり稽古をしている先輩たちの姿を見物していた。

「もういっちょう」「もっと気合い入れてぶつからんかい!」。稽古の厳しさから、仕事として相撲をしなければならない不安で私は圧倒された。

あれから30年。体育訓練としての相撲は既になくなっているが、今勤める消防署の土俵も、まもなく改修工事のため撤去される。「土俵の神様に丁重に出ていってもらわないとな」と年長者は言うが、若い職員は理解できないようだ。

つらく厳しい思い出と神様とも別れを告げるが、新しい時代を進む私たちに神様は力と勇気を与え、安全に職務を全うできるように、これからも力水をつけてくれるだろう。

遠矢博昭 51 奈良市