朝晴れエッセー

最後のおこづかい・5月17日

先日、初任給を頂いた。学生時代のアルバイトでは到底手にできない金額を頂いたことへのうれしさと同時に、社会人としての責任を感じた。

この初任給ももちろん大切だが、私には決して使えないお金がある。高校2年生のときに祖父からもらったおこづかいだ。

私の祖父は私が高校2年生になる年の1月に体調を崩し、手術と入院を経て自宅で介護することになった。私も帰宅後に祖父を介護するようになった。気管切開をした祖父は声を出せなくなっていたが、筆談でよく会話をした。

しかし桜が散る頃、祖父に認知症のような症状が出始めた。祖父は17年間ともに暮らしてきた内孫の私を最初に忘れた。

ある日の夕方、祖父が寝ている間に自分の靴を磨こうと玄関に腰かけた。介護してもまるで私を他人と思っている祖父、さらに部活の人間関係や進路に悩んでいたこともあり、なぜこんなに大変なことばかりなのかと靴を磨く手に涙がこぼれた。

そのとき、背後に気配を感じ振り返ると、そこにはお金を手にした祖父がいた。そして私にお金を手渡し、にっこりと笑って私の頭をなでた。

もともと小柄な祖父の手は私が知っている以上に小さくなっていた。それからまもなく祖父は一気に病状が悪化し、曇り空が広がる夏の日に空へと旅立った。

このときのおこづかいは今後も使うことはないと思うが、初任給は今まで育ててくれた家族のために使いたいと思う。故郷の北海道に帰省できる日を楽しみに、今日も作業服に袖を通す。


西井華恋(かれん)  22 高知県須崎市

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