「ルール厳守」―。小津球団社長の姿勢も徹底していた。
1月24日、東京・芝の東京グランドホテルで江川家から交渉を委任された鈴木セ会長と小津社長の話し合いが行われた。その席上、小津はこう迫った。
「江川側が早期解決(キャンプ前のトレード)を望むなら、コミッショナーの〝強い要望〟をもう一度、拘束力のある〝指令〟に戻すか、協約の改定によって、ルールに従ってトレードできるようにすべきです」
要するに機構内の法的な裏付けがあればキャンプ前のトレードに応じるが、そうでなければ開幕後―。それは実現不可能な要求だった。ところがその1週間後の31日、事態は急変した。小津社長の動きを時間に沿って追ってみよう。
◆午前8時 東京・杉並区の鈴木会長宅へ「キャンプに出発する前にもう一度、江川問題を話し合いたい」と電話を入れる
◆午前9時40分 全日空で東京へ向かう
◆正午 東京・銀座のセ・リーグ事務所で鈴木会長と会談
◆午後3時 東京グランドホテルで江川父子と入団交渉。統一契約書にサイン。2度目の〝電撃契約〟
◆午後4時過ぎ ホテル3階「菊の間」で江川との契約完了を発表
この間に巨人は、羽田空港から小林を連れ出し、東京・紀尾井町のホテルニューオータニで長谷川代表が阪神へのトレードを通告していた。
あれほど「ルール厳守」「キャンプ前のトレードには応じない」と発言していた小津社長がなぜ、信念を曲げたのか。記者会見でも質問が飛んだ。小津はこう答えた。
「実は先ほど鈴木セ・リーグ会長との会談の中で今後、巨人との話があればどう処置するか―を話し合った。そこで両者の意見が一致した。球界ならびにリーグの繁栄と結束のため、大乗的な立場に立って阪神は考慮してくれ。そのかわり、世論の批判は鈴木会長と金子コミッショナーの2人が全責任を持つ―ということだった」
すべては球界繁栄のため。阪神は説得されて仕方なくトレードに応じる―これが小津社長の言い分。会見の場では誰もがその言葉を信じた。(敬称略)