朝晴れエッセー

誰かいる・5月12日

愛用の孫の手が行方不明になった。

2年前なら、頼めば嫌々ながらでも背中をかいてくれる人がいた。だが他界した。

休日で家にいた娘に頼むくらいなら、柱の角で背中をこすったほうが嫌な思いはしなくてすむ。翌日ソファの隅で見つかった。次は耳かき、そして爪切りだ。貴重品ではなく、ひょいと使う私専用の日用品が行方不明になる。

誰かいる。そう思った。別の誰かがこっそり使っているのだ。老眼鏡は常になくなるので、ためしに百均モノをいくつかそのへんに置いてみた。すると、どれかがなくなり別のものが出てくる。

ある日、散歩から帰ると2階からガサガサという音が聞こえた。

腹を据え、武器代わりの孫の手を握りしめて階段を登った。驚かすと逆上するかもしれないので、まず丁寧に声をかけた。

「誰かいる? お母さんか?」

返事はなく、何かを探しているような音が続いている。勇気を出して部屋に飛び込むと、開け放った窓から吹き込む風にカーテンが激しく揺れ、床に置いていた新聞紙やポリ袋が巻き上がって大きく不快な音を立てていた。

「なんや、これか」

不用品を片付け始めたが、腹が減ったのでキッチンで豚まんをチンして食べたら、窓を開け放っていたことも断捨離も忘れてしまっていた。何かを思いついたら、意識が全部そっちにいく。

すべての窓を見て回ってふと思った。でもやっぱり誰かいると。

だって、握りしめていたはずの孫の手が、また行方不明になってしまったのだ。

相野正 71 堺市美原区