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「ルーツ」の地、過去から宇宙へ 種子島(鹿児島県西之表市、中種子町、南種子町)

鉄砲伝来の地として日本の歴史を動かした舞台、種子島(たねがしま)。鹿児島県の大隅半島から南東40キロの海に浮かぶ平らな島で、空が広く開放感がある。平均気温は約20度と温暖で、亜熱帯植物の北限だ。

種子島の竹崎海岸。美しいビーチと岩肌が織りなす絶景ポイントだ
種子島の竹崎海岸。美しいビーチと岩肌が織りなす絶景ポイントだ

島にはマングローブ原生林やヘゴ自生群落、サトウキビ畑が広がり、ブーゲンビリアの花々が咲き誇る。季節風の影響を受けて風が強く、海では年中よい波が立つため、「サーファーの聖地」と呼ばれている。

古来、種子島は南方海上ルートの要衝だった。天文12(1543)年、島の海岸にポルトガル人の船が漂着し、日本に初めて火縄銃が伝わったとされる。当時の領主である種子島時尭(ときたか)が購入。鍛冶たちによって伝来銃の模造が試みられ、苦難の末に成功した-というのが通説だ。鉄砲伝来については諸説あるが、いずれにしろ、そのころから鉄砲の国内生産が始まって日本中に広がり、戦法や築城法に大きな影響を与えた。

ほかにも、種子島には日本で初となるものが多い。鉄砲とともに伝わったたばこやはさみのほか、サツマイモ栽培も初めて成功させて、薩摩藩へと広まった。また種子島家譜の記録によれば、「日の丸」はもともと種子島家の船幟だった。やがて薩摩藩の島津家の船幟となって洋式軍艦「昇平丸(しょうへいまる)」に掲げられ、明治3年以降、日本の国旗となったという。

「世界で最も美しいロケット発射場」とたたえられるJAXAの種子島宇宙センター
「世界で最も美しいロケット発射場」とたたえられるJAXAの種子島宇宙センター

種子島の歩みを時間的なスケールで見れば、過去だけではなく、未来まで果てしない広がりを感じる。南種子町(みなみたねちょう)には、日本最大のロケット発射場がある宇宙航空研究開発機構(JAXA)の種子島宇宙センターがある。青い海を目前にした豊かな自然のなかに、最先端技術が集結している。

南種子町では、以前から「宇宙留学制度」を実施している。里親留学、家族留学、親戚留学のいずれかの方法で、町内の小中学校に原則1年間通う。ロケット打ち上げを間近で見たり、JAXAの協力で宇宙やロケットに関する学習体験ができたりする。

種子島観光協会の荒木進之介氏は「貿易の中継地点だったため、島の人は代々、島にないものを享受する心が継がれている」という。先人が島外からもたらされた数々の文物をめぐみと捉え、寛容な心を育み、後世に伝えたものは計り知れない。いずれ、日本だけでなく地球の未来を大きく変え、人類の歴史に新たな足跡を残していくだろう。

■アクセス

鹿児島本港から高速船やフェリー、鹿児島空港から飛行機で。

■プロフィル 小林希(こばやし・のぞみ) 昭和57年生まれ、東京都出身。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。1年後に帰国して、『恋する旅女、世界をゆく-29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)で作家に転身。主に旅、島、猫をテーマに執筆およびフォトグラファーとして活動している。これまで世界60カ国、日本の離島は100島をめぐった。

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