日曜に書く

論説委員・河村直哉 2つの「英霊に詫びる」

これは戦争に限らない。災害や事故などでもそうである。今年は東日本大震災から10年を数えた。ご遺族をはじめ個々人の胸中にまで立ち入ることは不謹慎だろう。ただ第三者であっても、私たちは犠牲者に恥ずかしくない社会を築けているだろうかと問う必要がある。平成7年の阪神大震災でもそうである。

産経の保守の道

「英霊に詫びる」の後、朝日は戦争を行った日本を否定する方向へと進んだ。終戦後、戦争に加担した新聞の責任論が高まっていた。20年10月24日、朝日は紙面で重役の辞任を伝えて責任を明確にするとした。

同日の朝日社説「新聞の戦争責任清算」は、「自らの旧殻(きゅうかく)(古い考えなど)を破砕するは、同胞の間になお遺存する数多の残滓(ざんし)の破砕への序曲をなす」と、批判の矛先を同胞に向ける構えを取った。

産経は少し違った。同年11月11日の社説「言論自由と日本人」は新聞ではなく戦争責任一般について述べた。日本人が悪口を言い合うのではなく、責任を水に流してしまえというのでもなく、理性的に真相を明らかにせよと訴えた。

「終戦後、非戦論、自由主義の擬装に汲汲(きゅうきゅう)としてより故に他を排斥攻撃するはもちろん、死屍(しし)に鞭(むち)打つがごときはこれを慎まなければならぬ」

筆者には、死者を保ち守ろうとする態度に思える。

戦後しばらく、革命を肯定する共産思想が日本で吹き荒れた。革命とは国家権力を覆すことだから、戦争を行った日本の否定という戦後の風潮と親和性を持ってくる。

反共の立場に立つ産経は、21年1月7日の社説で書いた。

「革命はまず破壊である。この破壊に次いで、より良き建設が自然的に生れるものだという論もあるが、国家のことはそう軽軽にやるべきものではない」

保守思想を唱えたイギリスのエドマンド・バークは国家を、「現に生きている者とすでに死去した者や今後生まれる者との間の共同事業」とした。そして国家を急激に変えるフランス革命を批判した(「フランス革命についての省察」)。

産経がたどった道とは、保守の道にほかならなかった。(かわむら なおや)