コロナと五輪の現在地

(2)内定、落選、引退…「延びた1年」翻弄されたアスリート

五輪選考会を兼ねた競泳の日本選手権男子200メートル平泳ぎで2位に入り、五輪切符をつかんだ武良竜也選手(左)。3位の渡辺一平選手(右)は代表権を逃した=4月7日、東京アクアティクスセンター(恵守乾撮影)
五輪選考会を兼ねた競泳の日本選手権男子200メートル平泳ぎで2位に入り、五輪切符をつかんだ武良竜也選手(左)。3位の渡辺一平選手(右)は代表権を逃した=4月7日、東京アクアティクスセンター(恵守乾撮影)

 4月初旬、東京アクアティクスセンター(東京都江東区)で行われた、五輪代表選考会を兼ねた競泳の日本選手権。白血病から回復し、400メートルメドレーリレーと400メートルリレーの代表切符を勝ち取った池江璃花子選手(20)の快挙に、日本中がわいた。

 新型コロナウイルスの感染が拡大せず、1年前に五輪が行われていればあり得なかった奇跡。だが「運命のいたずら」は彼女にだけ起きたわけではなかった。

 男子200メートル平泳ぎで2位に入り代表権を獲得した武良竜也(むら・りゅうや)選手(24)。昨年3月に五輪延期が決まるとスポンサー契約を解消され、一時は引退も考えた。昨年4~5月は全く泳がずにいたが、コーチに「もう一度やらないか」と勧められて復帰。改めて競技の面白さに気づき、積極的に練習に取り組むようになったことで、かえって成長した。

 「コロナ禍で練習回数も減り、改めて水泳ができる環境がありがたく感じた。水泳を楽しめていたからこそ結果につながったと思う」。レース後のインタビューで、心境を語った。

 一方、2016年リオデジャネイロ五輪の同種目準決勝で五輪記録を樹立し、1年前であれば確実に代表入りをしていたであろう渡辺一平選手(24)は、実力を出し切れぬまま3位で代表権を逃した。

■「短期だから挑戦」

 肉体と精神の限界に挑む者にとって、1年は決して短くない。新型コロナは、東京五輪を目指すアスリートの運命を大きく変えた。

 「1年延期となると、私のプランからは外れてしまう」。リオ五輪で代表チームを8強に導いた女子バスケットボールの大崎佑圭(ゆか)さん(31)は、五輪延期を機に引退を決意した。

 リオの2年後に長女を出産、一度はコートから離れた。日本の女子バスケ界で出産後に復帰した例はほとんどなかったが、育児が落ち着いてきた一昨年の夏ごろから本格的にトレーニングを再開。実業団に所属せず大学やジムで自主練習を重ね、代表に返り咲いた。

 昨年2月には国際大会に出場するなど力は確実に戻りつつあったが、五輪の延期を受け、悩んだ末に決断。「短期だからこそ、チャレンジできると思って復帰した。後悔は一切ない」と振り返った。

 2008年北京五輪トランポリン男子個人4位の外村哲也さん(36)も、引退を決めた一人だ。6歳から競技を始め「五輪でのメダル獲得」が唯一の目標だった。2012年ロンドン、リオの両五輪は出場がかなわず「今までの競技生活は自分のためにやっていたが、東京では応援してくれる人のために挑戦したかった」。

 そんな中での五輪延期。年齢的な衰えに加え、経済的にも限界が見えつつありった。「アスリートにとってこの1年はあまりにも大きい」と、第一線を退くことを決めた。「五輪や現役生活を通じて得た経験や学びを伝えたい」と、第二の人生を見据える。

■半数超が「感染怖い」

 アスリートを翻弄し続けてきた新型コロナ。それは、この先も続いていく。

 日本オリンピック委員会(JOC)が昨夏に行った新型コロナの影響に関する選手へのアンケートでは、昨年4~5月の緊急事態宣言が解除された後も約4割が「中程度以上の練習制限がある」と回答。半数以上が「ウイルス感染への怖さを感じている」と答えた。

 それでも代表選手の選考は本格化している。JOCによると、4月22日までに個人・団体含めて出場する日本代表計490人のうち、181人が決まった。

 もっとも、コロナの影響は世界のライバルたちも同じ。「延びた1年」はどんな影響をもたらすのか。本番は迫っている。

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