叙勲・旭日小綬章、元テレビ静岡社長・小林豊さん(70) テレビ人生50年「現場重視」貫く

旭日小綬章を受章した元テレビ静岡社長の小林豊さん。50年にわたるテレビ人生は「あっという間」と語る(松本恵司撮影)
旭日小綬章を受章した元テレビ静岡社長の小林豊さん。50年にわたるテレビ人生は「あっという間」と語る(松本恵司撮影)

 春の叙勲の受章者が29日付で発令され、県内からは78人が受章した。旭日小綬章3人▽旭日双光章11人▽旭日単光章3人▽瑞宝中綬章2人▽瑞宝小綬章18人▽瑞宝双光章22人▽瑞宝単光章19人-となっている。元テレビ静岡社長の小林豊さん(70)が旭日小綬章を受章した。「あっという間」だったという50年にわたるテレビマン人生の機微を聞いた。

 テレビ静岡の社長を10年務め、地方テレビ局などを通じて放送文化の発展に寄与してきた。ただ、自身の受章には「もっと業績があり、人間的に立派な方がいる。僕ごときがという感じだった」と戸惑いの表情を浮かべた。

 テレビ業界との関わりは、19歳の大学生時代にさかのぼる。清水市(静岡市清水区)出身で、父親が働いていた魚市場の雰囲気に似た活気と喧騒(けんそう)のあるテレビ制作現場が面白そうと飛び込んだ。何社かを経てフジテレビの制作会社に就職。1970年代から80年代にかけて、フジテレビ系列で放送された人気バラエティー番組「欽ちゃんのドンとやってみよう!」などに携わってきた。

 一世を風靡(ふうび)した「笑っていいとも!」ではディレクターながら「ブッチャー小林」の愛称でお茶の間に親しまれる存在に。ただ、本人は出演する時間が迫ってくると緊張し、トイレで吐くのが常で、目は充血。司会のタモリさんから「(昨夜は遅くまで酒を)飲んでた」などとちゃかされる要因になったが、「それほどテレビに映るのが嫌だったということですよ」と意外な真実を明かした。

 営業部門に配置転換されたときが「人生最大の岐路」だったと話す。スポンサーに顔を覚えてもらい、2年で転職するつもりが、いざ仕事をやってみると面白い。違う世界を体験することで経験が上積みされ、度量が広がったと認識。それがテレビ静岡の社長への道につながったという。

 「現場重視」の姿勢で臨んだ社長時代。「自分たちが番組を作っているという意識、思いでやらないとつまらない。それを心掛けてやってきた。面白い10年だった」と振り返る。今は50年にわたるテレビ人生から離れ、夢中になれるものを探している途中とか。「飽き性なので。縁があればと焦らずに探しています」