勇者の物語

巨人の思惑大騒動の狙いは「ドラフト撤廃」 虎番疾風録番外編219

会見でがっちり握手をする(左から)巨人・長谷川実雄球団代表、東海大・原辰徳内野手、東海大・松前重義総長、父で東海大野球部監督の原貢氏
会見でがっちり握手をする(左から)巨人・長谷川実雄球団代表、東海大・原辰徳内野手、東海大・松前重義総長、父で東海大野球部監督の原貢氏

■勇者の物語(218)

「巨人はなんでルールの裏をかいてまで江川を欲しがったんや? それほどの選手でもないやろう」。フクさん(福本豊)の言葉をもう一度考えてみよう。

たしかに、昭和53年のドラフト時点で江川の評価は大きく下がっていた。あるスカウトによれば「ピークは高校(作新学院)時代」という。騒動によって不評を買えば価値はさらに下がる。だが、巨人は江川獲得のために、リーグ脱退-新リーグ結成をにおわせて球界に脅しをかけた。それだけではない。法務局へ「江川の基本的人権侵害にたいする救済」を申し入れた。48年阪急→法大、52年クラウン→浪人。これは職業選択の自由を奪うもので「基本的人権」の侵害にあたる-というのである。

巨人の〝真の思惑〟とは何なのか-。それは『ドラフト制度の撤廃』。ある球界関係者は「江川騒動はそのための手段であり、巨人は撤廃への論議を国会の場に持ち込むチャンスを狙っていた」と指摘する。

ドラフト制度が初めて国会で論議されたのは42年の12月。衆院法務委員会で社会党の松前重義議員(当時、東海大総長)が「人身売買で人権侵害。職業選択の自由に引っかかるのではないか」と質問。これに対し法務省の堀内恒雄人権擁護局長はこう見解を示した。

「ドラフト制度の指名行為は新人選手を拘束するものでもなく、当人の意思で決められる問題だから人身売買とはいえない。また、当人が希望する球団に入れないからといっても、元来、誰しもが希望する職業にいつでも就けるというものでもなく、職業選択の自由を侵害したことにはならない」

さらに45年5月の同委員会では、共産党の山原健二郎議員が「拒否権を選手に持たせていないのは職業選択の自由を奪っている」と指摘。プロ野球の宮沢俊義コミッショナーは「選手は拒否権を持っているし、指名されたからといってもプロに入らなくてもいい。選択の自由は奪っていない」と回答した。そして、この53年2月にも参院法務委員会で新自由クラブの円山雅也議員が取り上げたが、大きな進展はなかった。

巨人にとって「ドラフト制度撤廃」という〝悲願〟達成のためには大騒動が必要だったのだ。江川もまた被害者なのかもしれない。(敬称略)

■勇者の物語(220)

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