朝晴れエッセー

なんぞ…・4月29日

中学生のころまで、祖母の作った服を着ていた。朝ご飯のとき、1枚の布だったものが、学校から帰るとワンピースになっている。感心すると「昔は皆、自分でこしらえたはった」。大正生まれの祖母は、決まってそう言った。

一緒に暮らしていた祖母は、暇があると6畳の離れにこもる。そこには当時でも年代物の足踏みミシンと、布地や手芸小物であふれていた。

整理整頓、とか断捨離とは程遠い雑然とした空間。そこへ行き「この子の服、作って」と人形を掲げると、祖母は棚やひき出しを「なんぞ…」とごそごそした。

祖母が「なんぞ」と言うと、たいてい「何か」出てくる。人形の衣装はカーテン地の余り。縫い上がった私の服も「なんぞ…」とつぶやき、リボンや端切れ布を出し、ポケットをつけたりした。

それはかえって野暮(やぼ)ったく、子供心にも「違うなぁ」と思うこともあったが、孫を少しでもかわいらしく。と願う気持ちは、しみじみ伝わった。

なんぞ。は他の場面でも。庭の花を友達に渡そうとしていると、祖母は「なんぞ…」と現れて、どこからか丁寧に畳んだお菓子の包装紙を出し、花を包む。また、両親に叱られ泣いていると「なんぞ…」とうろうろ戸棚をさぐり、キャラメルを握らせる。

なんぞ。の後に出てくるものより、私のためにさがしものをしてくれる祖母に、救われていたのだ。そう気づいたのは、祖母が逝き、ずいぶんたってからだった。

山田佳美 49 ピアノ教師 岐阜市