注目の抽選会はすぐに行われた。南海からは森本球団代表。阪神は岡崎代表、ロッテは山内監督、そして近鉄は山崎代表が前に出てクジ(封筒)を引いた。
「お開けください」の声がかかっても誰も開こうとはしない。早く誰か手を挙げてくれ…とでも言いたそうに顔を見合わせている。世間の声に押されて「江川指名」の名乗りを上げてみたものの、彼らもまた巨人との〝喧嘩(けんか)〟は避けたい。できるなら外れてほしい…それが〝本音〟だった。岡崎代表も同じ気持ち。後年こう回想した。
「ワシの初めての抽選やったのに〝外れてくれ。当たるな〟と祈っとった。変な話や。だから当たった瞬間『しもたぁ!』と言うてしもた。南海の森本さんが隣で笑とったよ」
各球団の1位指名は次の通り
ヤクルト 原田 末記 投 拓殖銀行
広 島× 木田 勇 投 日本鋼管
大 洋 高本 昇一 投 勝山高
中 日 高橋三千丈 投 明大
阪 神 江川 卓 投 作新学院職員
阪 急 関口 朋幸 投 吉田商
近 鉄 登記 欣也 投 神戸製鋼
西 武 森 繁和 投 住友金属
日本ハム 高代 延博 内 東芝
ロッテ 福間 納 投 松下電器
南 海 高柳 秀樹 外 国士舘大
(×は入団拒否)
交渉権をとった阪神はどうすればいいのだろう。平本先輩の意見は単純明快だった。
「堂々と江川と交渉すればいい。応じなければそのときは放っておく。巨人とやり合う必要もない。江川がプロでやりたければ頭を下げてくる。巨人に固執すればプロ野球選手を諦めるだけや」
11年前のドラフトで阪神は「巨人以外は行かない」といっていた田淵(法大)を1位で指名し口説き落とした。当時との違いは巨人がアンフェアな手段で江川を抱え込んだこと。政治家が介入し球界の良識が無視されたこと。
「田淵の場合は少なくとも両親にルールに従う-という良識と子供の幸せを思う親心があった。不当を正常化してまで巨人入りに固執するゆがんだ精神は、けっして〝親心〟とはいわない」
これから始まる激しい取材合戦。編集局に緊張が走った。(敬称略)